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同十二年四月、長久手合, 級を得たり、時に味方の軍利をうしなはんとす、忠重從兵八人を引ゐて、力, く先鋒となりて、三好孫七郎秀次か兵を討て、大に是をるぬり、あまたの首, 門重次より、弓鐵炮をの〳〵百挺をあつかり、本多豐後守廣孝か手にくは, 權現大に敵をるぬる事兩度、兵をおさめて小幡に入て、小牧山に歸らんと, したまふ、忠重が申さく、今秀吉龍泉寺にあり、本多中務太輔忠勝が士卒い, 新見正勝, また戰かはす、勇氣猶さかんなり、夜に入て其不意をうたは、敵かならす敗, 戰の時、忠重、大須賀五郎左衞門、榊原小平太、本多豐後守、丹羽勘介等と同し, かひたてまつり、甲首三級を得告り、こ乃ときおほせによりて、本多作左衞, 戰して敵をぬせく故、味方の兵死するものすくなし、およそ一日の間に、大, 走して、此一戰にて天下の勝利を得たまはん、大權現御思慮ぬかきゆへ、是, に歸住す、, ゝり、尾張國小幡乃城に籠る、ときに無銘の腋刀をたまひ、のちまた品濃村, をゆるしたまはす、つゐに兵を引て小牧に歸らせたまふ、〓, 〔寛政重修諸家譜〕, 水野忠重, 十二年、長久手の役にした, 〔寛永諸家系圖傳〕四十, 藤十郎、惣兵, 衞、和泉守、, ○上, 勘三郎、彦, 下略, 左衞門, 下略, 百士, ○上, 十五, 寺ニ襲ハ, 吉ヲ龍泉, 家康ニ秀, ンコトヲ, 水野忠重, 進言ス, 天正十二年四月九日, 六六三
割注
- 藤十郎、惣兵
- 衞、和泉守、
- ○上
- 勘三郎、彦
- 下略
- 左衞門
- 百士
- 十五
頭注
- 寺ニ襲ハ
- 吉ヲ龍泉
- 家康ニ秀
- ンコトヲ
- 水野忠重
- 進言ス
柱
- 天正十二年四月九日
ノンブル
- 六六三
注記 (37)
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