『大日本史料』 11編 6 天正12年3月 p.693

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ふれ、半はいまた戰はす、前後離散す、このひまをうかゝひ討は、かならす勝, 勝利あらんとなり、しかれども味方いまだきたりあつまるものおほあら, 諸將の武功を賞さらる、とおに清秀、正成とゝもに御前にすゝみ、豐臣太閤, は性勇敢なり、この敗れをきかは、かならす來り戰ふ屋し、今御味方の士こ, 現しかる〓しとおほしめし、兵をすゝめ〓大に撃て勝利をえ給ふ、その翌, ありて、軍をかへして、小幡城にいらを〓まふ、, 旗をすゝめられ、大に撃て敵陣を敗な、御凱旋ありて、首級を實檢したまひ、, 利あらむと言上さしかは、東照宮をの言をよしとしたまひ、すみやかに御, 〓の敵をつきぬを、首を從士にとらしめ、御陣營に馳かへりて、敵軍半はや, こゝにをひて、正成すゝみたゝかはん事をしば〳〵請たとまつれば、大權, と〳〵く倦つかる、しはらく士卒を休めたまふへしと申、すなはち御許容, ずして、その勢はなはだすくなし、このゆへに諸兵あひたゝかはんとせず、, 止成仰をうけたなはり、物見の者となりて、彼地にいたり、敵軍の形勢を察, してはせつへり、言上していはく、すみやつにこれを撃たまはゞ、かならす, 〔寛永諸家系圖傳〕八十内藤正成, 同十二年、長久手合戰のとた、, 下略, 四郎左, ○上, 衞門尉, 内藤正成, 撃ヲ進言, 家康ニ進, 天正十二年四月九日, 六九三

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  • 下略
  • 四郎左
  • ○上
  • 衞門尉

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  • 内藤正成
  • 撃ヲ進言
  • 家康ニ進

  • 天正十二年四月九日

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  • 六九三

注記 (25)

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