『大日本史料』 11編 6 天正12年3月 p.810

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し承及候、, 成申候歟、, 一秀吉公小牧山の御陣城むかひ、秀次を二將として御後被廻候はゝ、一向, めきける處へ、火を放して上方勢の陣屋を悉ク燒はらつて、引取けるよ, たしたる者二三人も承候へ共、名各失念仕候、然所に長久手御勝利のよ, 候よし、梶次郎兵衞なとゝ申者人を討申候よし、其外ニも、心はせの働い, 意に出たる事なれは、上方勢大に驚て防戰んとする者なし、あはてふた, をくたきたる合戰いたし候處に、兩人は御留主に居て、手に不合吏を無, は、上方勢は三〓衆皆長久手へ出て、小牧に人數なしと油斷したる所、不, 念に存候か、小牧乃御陣城より人數を出し、秀吉公の御留主へ働入けれ, し告來候故、上方勢を追捨、平八郎はおはたの御要害へ參候よし、, 一御味方は小人數にて候へ共、御先衆にて敵の備を亂し、御旗本勝を取サ, 小牧に殘ル石川伯耆守、酒井左衞門尉兩人も、今度長久手御合戰に、各手, 二裏の格と申に似候得共、御心根ちかひ申候故、合戰上方勢乃おくれに, られ、本多平八郎人數にて後軍を御おさへ被成候、兵法に一所三戰の法, 等秀吉ノ, 石川數正, 留守ヲ襲, 大正十二年四月九日, 八一〇

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  • 等秀吉ノ
  • 石川數正
  • 留守ヲ襲

  • 大正十二年四月九日

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  • 八一〇

注記 (20)

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