『大日本史料』 11編 6 天正12年3月 p.962

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

るニ永弘か僕と、彼郎等いさかひて、威勢ケ間敷〓ルまゝに、永弘立腹し, て、神木ヲ以て打んとす、船中の人立サワキテ取とめけり、扨一二りも船, 永弘急キ船より上りて堤ニ行、畏テ申けるは、御意忝は候へ共、太神宮の, ならんと思ふニ、彼使者云樣は、堤ニ居申候は森勝藏也、先ニ太神宮の御, 作法にて候、増テ我等の身の上より起りたる事にて候へは、御免下され, せたる人の、床机に腰ヲ懸給ひたるか、使ヲして其船留よといふは、何事, て知り給ふたるそや、堤より見給ふか不審也と、永弘昔物語シキ, 師へ無禮をしたるは我者也、腹立のやむ樣に如何ニもすへしとの使也、, のヤツバラ無禮は其恐あるの間、殺へきと思へと、其方の詫申さるゝヲ、, 行ぬるに、堤の上ニ其勢百餘もやあらん、皆黒羽織ヲ著たり、武具數多持, 候へと申けれは、勝藏殿被仰けるは、多年太神宮ヲ信仰し奉る處ニ、我下, 兎角云も無禮也、免スと被仰たる時ニ、御禮申て急キ船ニ歸りける、何と, 御師と申は、ケ樣の事ニ行かゝりては、餘所の事なり共御詫言申上るは, 天正十二年四月九日, り、, な, 濃家記, 出口信, 宮ヲ信仰, 長可大神, 九六二

割注

  • 濃家記
  • 出口信

頭注

  • 宮ヲ信仰
  • 長可大神

ノンブル

  • 九六二

注記 (21)

  • 1798,719,60,2126るニ永弘か僕と、彼郎等いさかひて、威勢ケ間敷〓ルまゝに、永弘立腹し
  • 1681,716,61,2132て、神木ヲ以て打んとす、船中の人立サワキテ取とめけり、扨一二りも船
  • 1057,712,62,2127永弘急キ船より上りて堤ニ行、畏テ申けるは、御意忝は候へ共、太神宮の
  • 1305,720,62,2130ならんと思ふニ、彼使者云樣は、堤ニ居申候は森勝藏也、先ニ太神宮の御
  • 809,712,61,2131作法にて候、増テ我等の身の上より起りたる事にて候へは、御免下され
  • 1430,722,61,2124せたる人の、床机に腰ヲ懸給ひたるか、使ヲして其船留よといふは、何事
  • 311,710,62,1928て知り給ふたるそや、堤より見給ふか不審也と、永弘昔物語シキ
  • 1181,712,61,2146師へ無禮をしたるは我者也、腹立のやむ樣に如何ニもすへしとの使也、
  • 561,715,60,2148のヤツバラ無禮は其恐あるの間、殺へきと思へと、其方の詫申さるゝヲ、
  • 1556,716,62,2129行ぬるに、堤の上ニ其勢百餘もやあらん、皆黒羽織ヲ著たり、武具數多持
  • 684,710,61,2136候へと申けれは、勝藏殿被仰けるは、多年太神宮ヲ信仰し奉る處ニ、我下
  • 435,711,62,2133兎角云も無禮也、免スと被仰たる時ニ、御禮申て急キ船ニ歸りける、何と
  • 933,711,62,2125御師と申は、ケ樣の事ニ行かゝりては、餘所の事なり共御詫言申上るは
  • 1899,722,44,380天正十二年四月九日
  • 185,718,31,50り、
  • 210,719,44,47
  • 304,2658,43,183濃家記
  • 349,2651,38,189出口信
  • 690,283,41,168宮ヲ信仰
  • 734,285,43,168長可大神
  • 1903,2455,43,116九六二

類似アイテム