『大日本史料』 11編 7 天正12年4月 p.258

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重四重付廻し、弓鐵炮を無〓透間打入射入攻けれは、扱をかけ、城を渡し可, 五郎、子息十藏、小坂孫九郎、都合其勢二千餘騎、爲加勢入置る、四方に柵を三, かたからぬ先に落なんにはしかしとて落行けり、かこめる者とも、是を聞, 申條、被助一命候へかしと申候へ其共、秀吉唯攻干候へと被仰出しかは、彌攻, て追掛しに、半はうたれ、半は落延けり、, らす、かりそめにたて籠は、いつかともありなんほとのかてなし、かこみの, 〔太閤記〕九秀吉卿十二万騎乃勢を打納給ふ事, 五月朔日、富田之寺内に御陣を居られ、二日、加賀野井彌八郎か居城を取卷, 先勢かゝの〓乃城に寄てかこみぬ、守し者とも、此所はようかいもかたか, 詰、城中之旗の招と、味方乃ま手きと結ひ違ふるやうになん見えけり、けふ, 給ふ、信雄卿より千草三郎左衞門尉、濱田與右衞門尉、小泉甚六、楠十郎、林與, クゝこの面より南へ軍をやりて、その日は、おふらと云所に陣をなし給ふ、, 〔豐鑑〕二袖露, 天正十二年五月七日, 袖露, ル、, ○上下略、秀吉、美濃ニ退クコト及ビ, 竝ニ六月十日, 竹鼻攻圍ノコトニカヽル、本月一日, ノ條ニ收ム、, 鼻攻圍ノコトニカヽル, 本月十日ノ條ニ收ム, 入ル, ニ陣ス, 秀吉大浦, 城衆〓ヲ, 加賀野井, 秀吉聽カ, 粮食缺乏, 天正十二年五月七日, 二五八

割注

  • ○上下略、秀吉、美濃ニ退クコト及ビ
  • 竝ニ六月十日
  • 竹鼻攻圍ノコトニカヽル、本月一日
  • ノ條ニ收ム、
  • 鼻攻圍ノコトニカヽル
  • 本月十日ノ條ニ收ム

頭注

  • 入ル
  • ニ陣ス
  • 秀吉大浦
  • 城衆〓ヲ
  • 加賀野井
  • 秀吉聽カ
  • 粮食缺乏

  • 天正十二年五月七日

ノンブル

  • 二五八

注記 (31)

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