『大日本史料』 11編 8 天正12年8月 p.281

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けれは、遠路敵中を凌き出勢とは覺束なし、若敵方よりの謀にてもや有へ, 力戰して疵を蒙お、, きとて、各不審はれやらす、かゝる所ヒ、八月廿日の早旦に、道雪、紹運黒木に, 云士をつかはしける、八月十九日、中途の一戰に彌助、勘解由丞先陣に進み、, そせられける、其後兩將より飛脚を以て、黒木在陣の豐後衆へ此由告られ, 次第感入候、彌可勵馳走事肝要候、恐々謹言、, 此たひの, 去月十九、至黒木表道雪越山之刻、於中途遂防戰、被疵之由候、軍勞忠儀之, 九月廿八日義統御〓, 押通り、日も西山にかたふおぬれは、其夜は高群山に陣をすえ、用心嚴しく, 義統御判, 著陣せられけれは、豐後勢大に競ひ、久旱に雨を得たるか如く悦あへりけ, 助成家、三河守か弟勘解由丞は出陣す、又三河守名代として、安部六彌太と, 出陣に、薦野三河守は統虎の後見として、立花城に殘し置る、三河守嫡子彌, な, 薦野彌助殿, 天正十二年八月十九日, 九月廿八日, ○中略、安部六彌太奮戰ノコトニ, カヽル、本月二十八日ノ條ニ收ム、, ムルト等ニカヽル、九月一日及ビ同月十一日ノ條ニ收ム, ○中略、道雪、紹運等、黒木實久ヲ攻ムルコト及ビ滿池鎭運ヲ攻, 留守ス, 立花城ヲ, 安部六彌, 薦野成家, 負傷ス, 薦野増時, テ出陣ス, 太増時ノ, 名代トシ, 同勘解由, 二八一

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  • ○中略、安部六彌太奮戰ノコトニ
  • カヽル、本月二十八日ノ條ニ收ム、
  • ムルト等ニカヽル、九月一日及ビ同月十一日ノ條ニ收ム
  • ○中略、道雪、紹運等、黒木實久ヲ攻ムルコト及ビ滿池鎭運ヲ攻

頭注

  • 留守ス
  • 立花城ヲ
  • 安部六彌
  • 薦野成家
  • 負傷ス
  • 薦野増時
  • テ出陣ス
  • 太増時ノ
  • 名代トシ
  • 同勘解由

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  • 二八一

注記 (33)

  • 1707,651,75,2178けれは、遠路敵中を凌き出勢とは覺束なし、若敵方よりの謀にてもや有へ
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