『大日本史料』 10編 2 永禄12年3月~同年6月 p.624

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花勢是を見て、敵は目に餘る程の猛勢なり、したるく城を付入にさらる, 使トシテ、左文字ノ御太刀、寒梅ト云駿馬ナト、進ラセラレケルトソ聞エシ、, たりけり、薦野、米多比等の國士も、必死に極め、敵攻入らは、力あらん限り, る、中國の先鋒六戸、吉見、入江、兒玉、佐世、市川、福原等一萬餘人勇み懸る、立, ひるます、命を鴻毛よりも輕く、義を大山よりも重くして、籠城堅固にし, なと、臼杵、田北、薦野等下知して、輕々と引上け、城中へだ入にける、斯て中, 白の濱に陣を固くして居られける、立花城中人數は少し、豐後勢はいま, た一頭も見えす、城の危き事累卵の如し、されとも田北。臼杵、津留原等聊, 郎、米多比五郎次郎三百餘人也、和白と云所にて、〓に足輕迫合を始めけ, 國勢二萬餘人城下に押詰取卷て、日夜弓鐵炮を打かけ責動す事夥し、小, 早川左衞門佐は、深き思慮や有けん、一万餘人にて城攻にはかまはす、和, 臼杵進士兵衞、一千五百餘人にて城の麓に打出る、先手は國士薦野彌十, 立花の城代津留原掃部は城を守り、田北民部, 薦野家譜〕一毛利勢再九州へ渡海乃事, は防戰はんとそ勇みける、, ○中略、元春、隆景ノ軍、立花, 城ニ迫ルコトニカヽル, )下略、立花城開城, コト二カル、, 〓出ス, 立花城兵, 城兵退キ, テ城ニ入, ル, 永祿十二年五月十八日, 六二四

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  • ○中略、元春、隆景ノ軍、立花
  • 城ニ迫ルコトニカヽル
  • )下略、立花城開城
  • コト二カル、

頭注

  • 〓出ス
  • 立花城兵
  • 城兵退キ
  • テ城ニ入

  • 永祿十二年五月十八日

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  • 六二四

注記 (26)

  • 1107,757,64,2129花勢是を見て、敵は目に餘る程の猛勢なり、したるく城を付入にさらる
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