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つまてかくはあるべくそと、諸手一度可攻とて、日限を極ける所こ、一身田之門跡〓給ひ、, て、木造之長臣大塚彌三郎も、庄村前て鐵炮にて被討けり、かくて寄手之大將談合して、い, いかさま木造押寄來りつらんとて、鎧取て打掛馬に飛乘て馳出給へは、木造勢ハ芳瀬に引, 兵不殘討取けれは、さらは此威に木造を夜討せんとて押寄けれは、不思寄哀なれは、木造も, 郷甲にも鐵炮二ツ三ツ當りけれ共、裏をは不通、其間に次第に氏郷勢兵馳來り重て、木造か, 取て息をつき居ける處、氏郷〓懸戰ける、其内に氏郷の侍外池孫左衞門、岡山源内、菅根助, 右衞門、岡義太夫、岡嶋宗吉郎、野田龜之丞等一番に馳來り、主を討せしと立塞て戰ける、氏, 一防もさゝへす、悉く敗北しける、木戸の夜合戰とて、今に無其隠と也、, 負、其身も討死しける、松賀嶋よりは隔たりけれは、其義を不知、鐵炮の音の聞けれは、氏郷, 者、鷹野場に行逢けれは、追拂んとて馳向ひ、散々に攻戰けれ共、多勢に無勢なれは、遂に打, 十月下旬と城を渡し、左衞門佐は此方之高一倍にて尾州え退かれけり、かくて木造分、小, 衞門、畑作兵衞、金子十助を大將として、小河表へ苅田に出ける氏郷家子に外池長吉郎と云, 倭分は、上野介殿ノ籏下と成にけり、, 爰に五月十五日夜、木造か勢兵に、田中仁左, 〔蒲生軍記〕三木造軍之事, 〔蒲生文武記〕, ニカヽル、八月十四日ノ條ニ收ム、, ○上略、賦秀、佐田城ヲ攻ムルコト, 天正十二年九月十五日, 二二七
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- ニカヽル、八月十四日ノ條ニ收ム、
- ○上略、賦秀、佐田城ヲ攻ムルコト
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- 天正十二年九月十五日
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- 二二七
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