『大日本史料』 11編 11 天正12年雑載 p.26

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て候、請取候て、さて門出こ御酒被下候、其夜も歸り、御門跡さまニね申候、, 我等こ參候て、返事松梅院ヨリノこなたへ承申候哉と尋候へ由、越後殿被申候間、則, へ候て、とかの樣體ヲ聞と御遣候、則そう者所にて越後とからかひ候、りふしんに御, 能弁・千福はんを慥と請取候へ由申せとて候、則申聞、我等所へよひ候て行は不申候、, 教書あんないもなく御付候とて、ついに宮仕中へひろふなく候とて、明廿三日ヨリ千, 一、同日預能弁と申聞候へ之由御申候分は、明日廿三日ヨリ能福子千福丸はんにて候間、, 一、政所殿へ付候へは、奉行役にて候間と被申候間、則奉行ヨリ目代とにした右近フそ, 可付か付間敷のと急度返事承候へ由也、さ候へは松梅院ヨリ、西田右近〓アモ仕、又, 參、藤ノ木源四郎して申上候へハ、入道殿ヨリ我等と御返事リ、松梅院ヨリ誰しても返, 返事ニハ預持候て、はしめにて候間惑わくにて候へ共可仕候由候、さりなから是ハ内, 一、同日松梅院へ目代〓ノ御使、何しと御教書ヲハ宮仕中へは御付なく候哉と御申候、, 返事も、返事二ハはや上へ御返事申候由返事候、則參申候処と、くわん條寺入道殿へ, キ松梅院ヨリ御披露候はん間其體とヨリ候て會合仕候て、其上にて可仕候、, 福はん仕候也、, ○下略、佐久間正勝ノ弟道徳、事ヲ謀ルニヨリ、京都ノ奉行前田玄, 以、町々ヲ糺明スルコト二カヽル、五月十一日ノ條(補遣)二收ム、, 以、, 天正十二年雜載, 二六

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  • ○下略、佐久間正勝ノ弟道徳、事ヲ謀ルニヨリ、京都ノ奉行前田玄
  • 以、町々ヲ糺明スルコト二カヽル、五月十一日ノ條(補遣)二收ム、
  • 以、

  • 天正十二年雜載

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  • 二六

注記 (19)

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