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人も不續、爰に佐野を年來氣遣ひ、足利の長尾但州顯長は、兼て油斷なかりし上に、右, 二モ頭分ノ士小野石見守ヲハ高南力兵窪田佐渡カコレヲ打取リタリ、, 宗綱ノ自害ヲモ知ラス、一騎・二騎掛ニテ宗綱ノ後ヲ慕ヒ、須花坂へ乘込ム、富士源太, 之趣を聞、〓りに早鐘をならし、人數を揃へ、新田・館林へも急を告、荒井・沼田・市, 守か居所を攻させんとしけるか、俄の事、時節あしく人數集りかねけれは、宗綱立腹し、, 彦間の方へ向て馬廻り計にても筑前守か須花を乘取へしと、鞍をあて馬を進る時に、赤, を乘取へしと、天正十年極月廿九日に陣觸し、卅日の丑剋に出馬して、天正十二年正月, 見・大拔・富士源太等〓に、元旦の軍故衆の心勇む事なし、疾々歸陣と諫しか、宗綱極運, 元日、足利へ押寄る、先名草藤坂の寄居へ取懸り、兩所共に押破り、須花の小曾根筑前, 大野隼人以下軍勢數百騎馳乘テ進來ルヲ、神間ノ赤見常陸介、其家人尾花佐渡力冬枯, ノ野山ニ火ヲ放テ燒隔ツ、其間ニ小野石見以下三十餘騎ハ名草須花坂ニ於テ打取ル、中, のかなしさは、大きに怒りて、一鞍を加へ、平地・坂道きらひなく駈行しかは、味方一, 〔續武家閑談〕七一爰に佐野小太郎號修理太夫宗綱は、態と旗本計にて、不慮に足利, 川・粂・岡田・關白・小菅・湯澤を始百五十騎雷發し、藤坂山の峠まて押付けれは、藤, ○下略、江戸豐前守, 諫言ノコトニカヽル, 戰死トノ説, 宗綱馬〓衆, ノミニテ出, 天正十二年, 馬ス, 天正十三年正月一日, 六六
割注
- ○下略、江戸豐前守
- 諫言ノコトニカヽル
頭注
- 戰死トノ説
- 宗綱馬〓衆
- ノミニテ出
- 天正十二年
- 馬ス
柱
- 天正十三年正月一日
ノンブル
- 六六
注記 (23)
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