『大日本史料』 11編 13 天正13年正月 p.69

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得川・大館・木崎・江田・田中の民屋を燒拂、脇や反町に陣取、金山城を可攻となり、, 後口の敵を押へ、太田口をは某固むへし、熊野口は、兩林・矢場・堀口・野口・野山、, 谷々に伏置へし、吉澤古郡の者共は、荒井・茂木・岡田・薗内以下丸山の峯に寄居て、, 林等の諸城固く相守る所に、小田原より鉢形の北條安房守を大將として、多米・山上, 井四郎右衞門・矢内修理・大澤を大將とすへし、強戸・成塚・〓生生田・萩原の郷民等、, 富士山の砦小泉邊を放火させ、其後中瀬郷原に屯し、一夜人馬を休て、平塚の渡を越て、, 金山城には、成繁の末弟横瀬勘九郎物主に成て、下知せられけるは、敵無二無三に働共、, の命も又無恙事可有か、先金山に楯籠り、一族・郎從・宗徒卅九人、長手の郷をは小金, 伊勢・大道寺先鋒にて、三月十八曰に新田古戸渡を越て、手分をなし、花房内膳、忍, 族・兩家の從兵寄合、とかく大將の事はともあれ、闇々と城をは渡すましと、金山・館, 味方は不取合、只金山・館林・桐生・足利を持固む事肝腰也、當方の城堅固ならは兩將, くり、足利を攻むとて、光西寺へ陣取、神原治部・濱嶋與市・大磯勘ケ由左衞門をして、, 計りに乘付て、此由注進す、斯りけれは、老母并澁川主膳義勝・横瀬勘九郎始め、, 深谷・岩付勢組合せ、二百五十騎、館林の厭に殘し、奇西・鉢形の馬武者三百五十をす, 大將ハ小金, 繋顯長モ恙, ニ陣取ル, 門等, ナカルベシ, 長手ノ郷ノ, 固ナラバ國, 井四郎右衞, 金山城等堅, 氏邦光西寺, 天正十三年正月一日, 六九

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  • 大將ハ小金
  • 繋顯長モ恙
  • ニ陣取ル
  • 門等
  • ナカルベシ
  • 長手ノ郷ノ
  • 固ナラバ國
  • 井四郎右衞
  • 金山城等堅
  • 氏邦光西寺

  • 天正十三年正月一日

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  • 六九

注記 (26)

  • 969,638,69,2201得川・大館・木崎・江田・田中の民屋を燒拂、脇や反町に陣取、金山城を可攻となり、
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