『大日本史料』 4編 16 承久3年5月~7月 p.100

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をなす川ぞといふに、關東より大軍を發し、東海東山の兩道を攻のぼる時、, 江とて、錦洗と詩歌につくる所あり、日本のすのまたなどのやうに、廣くい, ては、三百五十間あり、むかしより此川の廣大なる事は、十訓抄に、唐には蜀, 西國通路立分の要害、軍用の固め第一の切所にて、天武天皇の御軍をはじ, より桑名の城下まで、二十七八里の長流にて、川巾も大藪村、堀津村の邊に, 南のかたにて、揖尾川と合流して、伊勢の海に入る、凡此川は、往古より東國, るにて知るべし、川上山縣郡世保村にて、武儀川落合、各務郡芥見村にて、津, 東海道の軍、尾張の起川に著たりとも、いまだ山道の勢に落合ず、又東山道, かめしく、人もかよはぬ所にて、その江を境て、大金には領するとかやとあ, め、源平養和壽永のたゝかひ、承久暦應等の合戰、その外數度の軍に、かなら, 保川落合、長良川また合渡川といふ、このわたりにては、墨俣川とよび、下流, はふせぎえず、必負軍となり、又鎌倉方、此川を渡りえずして引退くときは、, 矢矧、天龍等の固めを破られ、必ず敗軍となる事通例なり、何故にかく勝敗, ず此川を以て勝敗を極め、京方、墨俣の陣を破らるれば、宇治勢多等の固め, の軍、美濃の太田川にいたりても、これまた、海道の勢に合期せず、たがひに, 東西通路, ノ要害, 承久三年六月二日, 一〇〇

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  • 東西通路
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注記 (19)

  • 417,669,71,2229をなす川ぞといふに、關東より大軍を發し、東海東山の兩道を攻のぼる時、
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