『大日本史料』 12編 25 元和二年五月~同年是歳 p.111

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こゝに足りぬ、わらゝりし時たにも、弓箭打物とつて、させる高名もなし、よ, 下〓〳〵り、徳川殿に歸し參らさし事、正信か功莫大也、右大將家、將軍の宣, の奉行等か、徳川殿うしなひ奉らさんとせしより、關か原の戰ひ終て後、天, 旨かうふらせ給ひしより、正信は關東の執事として將軍家にしたかひ、嫡, はひすてにかたふきし、此のち、又功名の間に望ところさふらはす、それ軍, 男上野介正純は、大御所の執事として駿河にあり、父子相ならひて天下の, せ給ひし時、上野國八幡の地を給る、, 年比御恩にうるほふて、家とますといへとも、またまつしからす、一生の計, 權をとる、はしめ大御所、正信をめされ、所領の地くはへ給りしに、正信承て、, 太閤薨し給ひ、大坂, これよりして後、徳川殿の, 御覺大方ならす、常に御側に伺候して、軍國の議にあつかる、關東にうつら, らあせ川木と初, のりし殿津云ら明, 、相州甘繩といふ, とも、正信はからひによれ〓。其時の賞によ〓て, 此所の事某か家代々此所の事承りぬと申を, 一万石、家忠日記, ほとに、事故なく、伊賀の國を通て、三河の國に歸り入らせ給ふ、これらの事, は、光秀ろ此所を守らせし兵も、又此所に入らせ給ふへしと心得てありし, ゝに入來り給ふ〓をやといひて、川の上下に、かゝ金火たをて守らせし, 〓ほとりにむらへ參らせ、多羅尾か館に入れ參らせ、はせ歸りて、徳川殿, 事共聞しに、此事某か祖なるもの、みつから百人はろりをひきひて、木津川, て、郷人等を駈催し、御供にさむらひしといふ事あり、某むかし峰順か云し, ろ亂に、畿内の道ふさかれしを、正信つはろらひにて、宇治の上林かたらひ, 東ノ執事, 正信ハ關, 正純ハ大, 御所ノ執, 加増ヲ辭, 軍國ノ議, ニ與カル, 事, ナル, ス, ノ大將ト, 元和二年六月七日, 一一一

割注

  • 、相州甘繩といふ
  • とも、正信はからひによれ〓。其時の賞によ〓て
  • 此所の事某か家代々此所の事承りぬと申を
  • 一万石、家忠日記
  • ほとに、事故なく、伊賀の國を通て、三河の國に歸り入らせ給ふ、これらの事
  • は、光秀ろ此所を守らせし兵も、又此所に入らせ給ふへしと心得てありし
  • ゝに入來り給ふ〓をやといひて、川の上下に、かゝ金火たをて守らせし
  • 〓ほとりにむらへ參らせ、多羅尾か館に入れ參らせ、はせ歸りて、徳川殿
  • 事共聞しに、此事某か祖なるもの、みつから百人はろりをひきひて、木津川
  • て、郷人等を駈催し、御供にさむらひしといふ事あり、某むかし峰順か云し
  • ろ亂に、畿内の道ふさかれしを、正信つはろらひにて、宇治の上林かたらひ

頭注

  • 東ノ執事
  • 正信ハ關
  • 正純ハ大
  • 御所ノ執
  • 加増ヲ辭
  • 軍國ノ議
  • ニ與カル
  • ナル
  • ノ大將ト

  • 元和二年六月七日

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  • 一一一

注記 (38)

  • 431,637,63,2206こゝに足りぬ、わらゝりし時たにも、弓箭打物とつて、させる高名もなし、よ
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