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腹立なり、, は夜に入てひそかに立のかせたるとそ, 川を越し、中ノ渡, 州天滿橋え人數を繰出し候へ者、旁以一刻も早く野里川を越へ、御人數を, 進められ然るへう存候と申す、興國公御許容ある、時に監使申さるゝは、此, 河野, 乃下口に至り給ふ、須加伊豆、薄田左馬介, 我等相手に成へしと云、されは再ひ問答にも及はて、其御使は歸る、半助を, 御攻入候や、城内より石火矢打出し烟のほり、本町通へ見え候、其上仙石豐, 頼母三人斥候に出々るに、大阪乃躰見て乘歸り、城邊は天王寺口より上樣, 手は將軍家御下知なくては、城へ押詰へからすとの上意にて、我等を附置, はつし、隼人かく申に何乃疑かあらん、しゐて小屋の中に入らむとならは, るゝ所なり、然るにほしゐまゝに軍を進らるゝは、御軍法を破らるゝなり, 斯て興國公乃責口, は、將軍家御下知なくては城に押詰へからすとあれは、同七日昧爽に、神崎, と立腹あり、河野頼母、左樣ならは先手はかり越し然るへしと申す、監使彌, 元和元年五月七日, 半助後加賀に, の御勘氣つふむりて放逐せられしつは、今とし監使たるへき樣, 一説に、此監使は城和泉守永盛なりと云、然とも永盛は、去年神君, 〓く縣千石也, 此時は, 野里, 七兵衞, なし、去年中津川ニての事混しあやまれるにや、又一説に、播州勢は煩當し, たる者一人もなし、只和泉守一人朱の〓當して權威をふるひしさ〓、甚に, 〓つりしと側にて見たる人の物語を書留しを見たる事有、されは和泉〓, 川, を放逐せられしは、夏陣後の事にや、かた〳〵不審多し、今考るニ證なし、暫, ノ進撃ヲ, 軍監玄隆, 阻ム, ヲシテ密, 力ニ逃レ, 隼人半介, シム, 元和元年五月七日, 五一一
割注
- 半助後加賀に
- の御勘氣つふむりて放逐せられしつは、今とし監使たるへき樣
- 一説に、此監使は城和泉守永盛なりと云、然とも永盛は、去年神君
- 〓く縣千石也
- 此時は
- 野里
- 七兵衞
- なし、去年中津川ニての事混しあやまれるにや、又一説に、播州勢は煩當し
- たる者一人もなし、只和泉守一人朱の〓當して權威をふるひしさ〓、甚に
- 〓つりしと側にて見たる人の物語を書留しを見たる事有、されは和泉〓
- 川
- を放逐せられしは、夏陣後の事にや、かた〳〵不審多し、今考るニ證なし、暫
頭注
- ノ進撃ヲ
- 軍監玄隆
- 阻ム
- ヲシテ密
- 力ニ逃レ
- 隼人半介
- シム
柱
- 元和元年五月七日
ノンブル
- 五一一
注記 (38)
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