『大日本史料』 6編 2 建武元年10月~延元元年正月 p.776

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らすへからす、凡敵の大勢に相向ふときに、御方小勢にて、川を後にあてゝ, し、いそき浮橋をかくへし、難澁せしめは、汝等を誅すへし御成敗候しほと, 又舟を以渡さはをそくして、味方を一人成ともうしなはむ事、不便なるへ, 渡るはし、いかにも切落したり共、勝に乘たる東士、橋を懸ん事、時日をめく, けて、渡守を以警固す、此河は流はやく水ふかき間、ゆゝしき大事なるへき, に、兩三日の間に、橋をかけ出して候なり、新田殿は御勢を、夜日五日渡させ, 戰ふ時にこそ、退ましき謀に、舟をやき、はしをきるこそ、武略の一の手たて, かゝりの難所に付、合戰治定有へしと覺えし處に、天龍川の橋をつよくか, 給ひて、一人も殘らすと見えし時、新田殿御渡り候し也、其後軍兵共、此橋を, 立られて、我等を近く召れて、仰ふくめられ候しは、敗軍の我等たにも掛て, に、橋をは誰か沙汰して、渡したりけるそと、尋られしかは、渡守共云、此間の, に御著有て、河には瀬なし、敗軍なれ共大勢なり、馬にて渡すへきにあらす、, 亂に、我等は山林に隱忍候て、舟ともをは、所々に置て候ひしに、新田殿當所, やかて切落すへきよし、下知せしとき、義貞、橋の中より立歸て、大に御腹を, なれ、義貞か身として、敵とてもかけてわたるへきはしを切落して、急にお, ヲ架シテ, 義貞天龍, 川ニ浮橋, 之ヲ〓タ, 至ル, 尊氏ノ軍, 天龍川ニ, ズ, 建武二年十二月十一日, 七七六

頭注

  • ヲ架シテ
  • 義貞天龍
  • 川ニ浮橋
  • 之ヲ〓タ
  • 至ル
  • 尊氏ノ軍
  • 天龍川ニ

  • 建武二年十二月十一日

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  • 七七六

注記 (25)

  • 397,639,67,2189らすへからす、凡敵の大勢に相向ふときに、御方小勢にて、川を後にあてゝ
  • 1101,634,70,2207し、いそき浮橋をかくへし、難澁せしめは、汝等を誅すへし御成敗候しほと
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