『大日本維新史料 編年之部』 3編 5 安政5年4月11日~同月25日 p.23

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しかと、餘りに時も移りて、一橋の御館へ出勤遲引甚しくなれりとて、此日の論は先つ止, は智辨俊逸、難詰萬般を極め、左内は才識高邁、明辨意表に出つ、師質傍に在つて醉か如く, 數刻、辰の初より未の半に至つて、圓四郎稍喩るに似たれとも、猶未た服するに至らさり, は、方今の景况にて交易せは、圓四郎か議の如くなれとも、擧國の制度を變革して航海の, 宗の倚頼する碩學高徳と稱する者を擧て彼國へ遣はし、異教を學はしめ、彼教師と論して, 邪正を分たしむへしとなり、」異人の遊歩は、歳月を積み習慣せは、自ら嫌惡の風習を亡, る内こる大なるケ條は、交易は諸民の困究を釀して國地の衰弊となるへき事、」異教御許, となり、」其老公を説くは橋公にして、橋公を説くは圓四郎なるに論し及ほしたり、圓四郎, 術を開らき、有無を通すれは富國強兵の基たるへきとなり、」異教は不服なる宗僧の内、一, 醒るか如し、今其事を記せんとするに、恍惚として恰も夢裡の想をなせり、如此して難陳, の遊歩は、時体を辨へすして強ちに夷〓を惡む者あつて、不虞の爭鬪を惹出し、遂こ双方, 政府の爭端とも可相成事、」京師は正論にして屈するに難き事、」等なり、左内か陳する處, 容ありては、八宗僧徒の不服より引て門徒こ及ひ、國内の變亂を生すへき事、」ミニストル, 失すへし、其意を彼に曉諭して事を緩ふすへきとなり、」京師は水老公をして説かしめん, 公と左内と御論判ありし處なり、師質は傍聽すへき由を命せられたり、先ツ圓四郎か難す, 安政五年四月十一日, 二三

  • 安政五年四月十一日

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  • 二三

注記 (17)

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