『大日本史料』 11編 6 天正12年3月 p.866

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

死と聞て取て返し討死したり、, 見ゆるなり、輝政舍弟池田藤三郎長吉は、最初に働手負を引退し也、右の合, そ、急難をのかれてけり、佐奈大明神は尾州鳴海より下れは、大山の林左に, にける、其後やかて家康卿の勢小畑へ引取給ひ、秀吉卿乃先手も來りしに, 乘來り、引取候得とて、川切に追止りける、, 死の場にあらすとて引留れは、山脇源太夫も、我も慥に見て候とて引留、傍, 戰信雄卿も馳來りて追討し給し、皆々勝に乘て追行、龍泉寺より十町此方, へ引のけたり、纔人數供して、佐奈大明神の森乃内に入て、しはらく息を〓, 勝入二男輝政此時二, 振て、長追にへからす、最早引取候へと制しける所へ、伍の字の使番追々に, 十一歳なり、討死とみへたり、生て甲斐なしとて、敵の中へ乘入處に、森藤左, 本多八藏取けれとも、持參はせさりしと也、勝入家士片桐與三郎は勝入討, 衞門馬の七寸に取付、勝入樣堅固に引取給ふを慥に見て候、然る上は御討, 砂川といふ所にて、武者奉行内藤四郎左衞門正成馬を横に立ぬさき、摩き, 鳥井金次郎は、井伊兵部少輔備の先にて、一番鑓を合す、平松金次郎籏本, の先にて一番鑓を合す、依之兩金次郎一二を論す、家康卿は、平松は吾眼, 一説に、勝入より先1, 討死とあり、非なり、, 使番, 伍ノ字ノ, 郎平松金, 次郎ト一, 鳥居金次, 池田長吉, 池田照政, 番鑓ヲ爭, 天正十二年四月九日, 八六六

割注

  • 一説に、勝入より先1
  • 討死とあり、非なり、

頭注

  • 使番
  • 伍ノ字ノ
  • 郎平松金
  • 次郎ト一
  • 鳥居金次
  • 池田長吉
  • 池田照政
  • 番鑓ヲ爭

  • 天正十二年四月九日

ノンブル

  • 八六六

注記 (28)

  • 1635,647,57,927死と聞て取て返し討死したり、
  • 813,643,65,2208見ゆるなり、輝政舍弟池田藤三郎長吉は、最初に働手負を引退し也、右の合
  • 932,646,64,2201そ、急難をのかれてけり、佐奈大明神は尾州鳴海より下れは、大山の林左に
  • 1050,650,63,2191にける、其後やかて家康卿の勢小畑へ引取給ひ、秀吉卿乃先手も來りしに
  • 345,643,60,1220乘來り、引取候得とて、川切に追止りける、
  • 1285,644,61,2209死の場にあらすとて引留れは、山脇源太夫も、我も慥に見て候とて引留、傍
  • 696,645,65,2212戰信雄卿も馳來りて追討し給し、皆々勝に乘て追行、龍泉寺より十町此方
  • 1167,660,62,2189へ引のけたり、纔人數供して、佐奈大明神の森乃内に入て、しはらく息を〓
  • 1637,2225,58,616勝入二男輝政此時二
  • 461,643,67,2200振て、長追にへからす、最早引取候へと制しける所へ、伍の字の使番追々に
  • 1516,644,62,2204十一歳なり、討死とみへたり、生て甲斐なしとて、敵の中へ乘入處に、森藤左
  • 1751,650,60,2201本多八藏取けれとも、持參はせさりしと也、勝入家士片桐與三郎は勝入討
  • 1401,647,60,2208衞門馬の七寸に取付、勝入樣堅固に引取給ふを慥に見て候、然る上は御討
  • 579,644,66,2211砂川といふ所にて、武者奉行内藤四郎左衞門正成馬を横に立ぬさき、摩き
  • 227,721,65,2131鳥井金次郎は、井伊兵部少輔備の先にて、一番鑓を合す、平松金次郎籏本
  • 111,728,64,2122の先にて一番鑓を合す、依之兩金次郎一二を論す、家康卿は、平松は吾眼
  • 1667,1598,42,591一説に、勝入より先1
  • 1622,1591,40,546討死とあり、非なり、
  • 447,289,40,79使番
  • 493,290,39,159伍ノ字ノ
  • 228,287,42,167郎平松金
  • 183,287,42,155次郎ト一
  • 274,286,40,167鳥居金次
  • 822,290,40,166池田長吉
  • 1644,291,39,164池田照政
  • 139,287,41,168番鑓ヲ爭
  • 1868,724,43,378天正十二年四月九日
  • 1869,2451,44,120八六六

類似アイテム