『大日本史料』 8編 15 文明15年正月~同年12月 p.591

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より、我き石見の國の住人福屋藤四郎といふ者なり、一足も引す、爰に打死, に殘し置らる、年經て、小次郎今年廿一歳になりくるをともなひて、爰に籠, いふ者、其父は福井源左衞門といひて、京家の侍なりしか、いろなる子細あ, 黨、伯耆守ろ若黨とも、以上七十餘人打死す、浦上彌三郎も、數ケ所疵を蒙り, 彌延九郎右衞門、井原孫右衞門、内藤四郎兵衞、福井小次郎、其外紀三郎ろ若, て、漸引取らる、其外疵を蒙る者かそふるに遑あらす、中にも福井小次郎と, したりと云傳へて給はきと、是を〓期の言葉にて首をとられくり、是こて, 追行々れは、城兵返し合せ〳〵相戰て引取々るに、備中勢、嚴敷追討けれは、, 音揚て、無盆の戰はや引揚よと下知して、初の勢も後の勢も、一つに引まと, りてや、此國に下り住らる、其時此小次郎四歳なりしを引具し、其母をは、京, ひて引入らるに、庄か兵士、敵の引を追て、城へ付入にして、攻め落せと進て, 兩方、人馬の足を休めて、物りかきになるへき所に、福岡城中より、若武者二, 十騎計、此勝負に逢さるき無念なりとて、懸出らるに、備中勢も、庄伊豆守を, 始として、是を眞中に取込、討て捕んとせし處に、浦上伯耆守城より出て、大, は、福屋を組臥せ、刀を以て内兜を胸板とを二刀さす、福屋さゝれなから、下, 文明十五年九月是月, 五九一

  • 文明十五年九月是月

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  • 五九一

注記 (17)

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