『大日本史料』 8編 15 文明15年正月~同年12月 p.595

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共とて、鑓長刀を提け進む、内にも筑前守、和泉守先を爭ひて切てかゝれは, 藥師寺等、不覺あとに引退く所に、藥師寺も、〓と同しく士卒をいさめ、貴能, 爰にありて討死するそ、返せ〳〵と大音揚て攻戰ふ、藥師寺彌四郎等、貴能, る甲の緒をしめ、五尺計なる太刀の鍔本迄、血になりたるを以て、藥師寺貴, 筑前守、山内新左衞門、三吉和泉守、馬に乘つれ、士卒を下知して、備後國を出, 所に、山名勢の内より、福屋九郎右衞門と名乘て、黒革威の腹卷に、鍬形打た, しより、骸を戰場にさらし、再ひ本國へは歸るへしとは思はさりし、引な者, 方二三千の人數にて、追つ返しつ戰ひしは、誠に目醒しくそ見へし、かゝる, 兵追立らる、藥師寺四郎左衞門白柄長刀取直し、貴能こゝにあるそ、返せ返, 能に切てかゝる、貴能長刀を以て渡り合、追つ返しつ戰くるろ、貴能か家來, 師寺貴能も戰つのれて、既にあやうく見へはれは、同二郎右衞門則能、貴能, せと下知して切掛くれは、又山名勢引色になる處に、大田垣美作入道、和氣, 助け來りて、終に福屋は討きにらり、此勢に山名勢を追まくりられとも、藥, を討せしとて、取て返し〳〵て攻戰ひ、津坂の山の麓より城の堀際迄、敵味, 先に取て返し戰々れは、是にいさめられて、我劣らしと引返し切掛れは、城, 戰死, 福屋九郎, 右衞門ノ, 藥師寺貴, 能ノ奮戰, 文明十五年九月是月, 五九五

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  • 戰死
  • 福屋九郎
  • 右衞門ノ
  • 藥師寺貴
  • 能ノ奮戰

  • 文明十五年九月是月

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  • 五九五

注記 (22)

  • 1294,670,70,2196共とて、鑓長刀を提け進む、内にも筑前守、和泉守先を爭ひて切てかゝれは
  • 1178,668,71,2192藥師寺等、不覺あとに引退く所に、藥師寺も、〓と同しく士卒をいさめ、貴能
  • 1061,667,73,2191爰にありて討死するそ、返せ〳〵と大音揚て攻戰ふ、藥師寺彌四郎等、貴能
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