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とを棄てしのみならず、後方より聞ゆる叫喚は、死の影像を示せしを以て、, 悲しき聲聞えたり、戰利品中、劒及び短劒の金を以て飾りたる高價なるも, に遺棄せられたる死者の多くが、高貴の人なりし事は、携帶せる旗幟と、そ, も、死屍と流血と慘しき傷者の外見られず、また將に絶息せんとする者の, を始め、隨伴の坊主一同并に隆信の兄弟、その司令官の兄弟、及び戰運の魔, 劒と短劒を捨て、或る者は一切を棄てゝ裸體となるに至り、また疲勞の爲, 術師にして、尚この外にも多數の高貴なる人々并に城中の大身等にして, の肢體の白く優雅なるに依りて明なりき、長崎よりの書翰によれば、大村, る一レグワ餘を進むこと能はざりき、その間道路にも平野にも又平地に, のありて、戰勝者には、過去の勞苦に對し、少からざる慰安を與へたり、戰場, は、甚だ疲勞し、且つ傷つきたりしかば、勝に乘じて、島原より三會の城に到, め地上に倒れたる馬を〓して、これを食ふ者ありたり、然れども薩摩の兵, の街路を他の諸地方に向け、多數の負傷者通過せしが、傷重く、苦痛甚しか, りしため、歩毎に死者を出したり、同所にて死したるは、彼の高貴なる坊主, る品々を放棄し始め、直に鎗、銃、弓矢及び華奢なる武器と、金を飾りたる冑, 疲勞シテ, 戰死者, 追撃スル, 家久ノ兵, コト能ハ, 隆信方ノ, 天正十二年三月二十四日, 二九七
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- 疲勞シテ
- 戰死者
- 追撃スル
- 家久ノ兵
- コト能ハ
- 隆信方ノ
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- 天正十二年三月二十四日
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- 二九七
注記 (23)
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