『大日本史料』 8編 15 文明15年正月~同年12月 p.596

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彌五郎を伴ひ、其身は黒革の腹卷に、同毛の五枚兜に、白熊黒熊を合せたる, 京亮に渡り合ふ、三吉鑓を目釘本より切折らき、兜の鉢をも二ケ所切破ら, と同しく進て、きひしく戰て一足も退す、三人なから枕をならへて討死す、, 太郎、福田九郎左衞門、衆に進みて戰ひ、滑良と豐後守と渡り合戰ふ、滑良は, 是に山名勢も切立られし所に、江田、滑良板、倉等城の水の上を渡して、中を, み留り相戰ふ、彌五郎は弓手の脇に扣へたり、山名士三吉左京亮、滑良四郎, 大力の若武者にて、大太刀持て横さたに討〓るを、鑓にてうけ、餘る太刀櫛, 遮て切て懸り々るに、又城兵まくり立られ、崩れ懸る所に、櫛橋豐後守、子息, 名は元來所領の敵也、本望の合戰なるそ、皆討死せよと喚はれは、士卒もぬ, 合、郎等も落合々れは、終に滑良を討取くる、彌五郎は猶も進て戰ひ、三吉左, 引まはし付、二間柄の鑓を持て眞先に進み、大音聲を揚て、きたなし者共、山, 橋ろ左りの腕を竪さたに切さかれ、既に危く見へし處に、彌五郎走出て切, 〓、難波四郎左衞門か中差にて射らる矢、内甲にあたりてこらへす、小膝を, 折て、終に彌五郎に頸をとられらる、福田九郎左衞門は志方孫六と戰ひ、孫, 討死すな者ともとて、討てかゝれは、額田十郎左衞門、片岡孫左衞門も、則能, 文明十五年九月是月, 郎太郎戰, 三吉左京, 戰死, 亮滑良四, 貴能等ノ, 死, 文明十五年九月是月, 五九六

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  • 郎太郎戰
  • 三吉左京
  • 戰死
  • 亮滑良四
  • 貴能等ノ

  • 文明十五年九月是月

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  • 五九六

注記 (24)

  • 1377,679,66,2184彌五郎を伴ひ、其身は黒革の腹卷に、同毛の五枚兜に、白熊黒熊を合せたる
  • 447,681,68,2188京亮に渡り合ふ、三吉鑓を目釘本より切折らき、兜の鉢をも二ケ所切破ら
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  • 916,679,66,2186太郎、福田九郎左衞門、衆に進みて戰ひ、滑良と豐後守と渡り合戰ふ、滑良は
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  • 1033,684,67,2193み留り相戰ふ、彌五郎は弓手の脇に扣へたり、山名士三吉左京亮、滑良四郎
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