『大日本史料』 10編 6 元亀2年3月~同年9月 p.361

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海一郎、南勘兵衞并に同朋一人眞先にすゝみて討死す、, れを追討事其數をしらず、名ある者をもおほく生とる、はじめ元就時の聲, とひて腹をきらせ、朽葉の小袖に頭をつゝみ、桶に入て岩の間にかくし、七, はせずして、塔の岡の全姜が陣へ寄あつまる、味方勝鬪をあけ、一文字にお, 畠をさして漕迯ゆへに、敵の軍勢行方をうしなひ、山々谷々へ迯かくお、こ, をあげしを、隆景聞と同しく、城中より切て出、敵をゑぶり追ちらす、陶づ手, に三浦越中といふ者あり、大内家にて名を得たる大剛の兵なり、二三十人, 能島、來島か兵船藝州警固の船共おほく乘まはなによりて、周防の警固み, ばかりにて引返し、隆景を見りけそうたんとす、隆景みはりら越中と槍を, ろしければ、敵こらへらふ、船にのらんとて、大もとの谷へ引しりぞく所に、, な敗走す、陶これを見て、あをのりへ引のけば、すてに周防の船頭大濱等、大, あはせ、〓ふせて、越中が頸をとる、此時隆景が郎等草井藤市、山縣勘二郎、内, 弘中三河守隆包、其子中務、百人計にて、龍が馬場へ迯のほる、是をかこみ、柵, をゆひて皆うちころす、全姜が頸をば、警固の者とつ手出して來な、その僕, 猿といふもの生捕れくありけるに見せければ、全姜が〓後に侍七人付ま, 元龜二年六月十四日, 三六一

  • 元龜二年六月十四日

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