『大日本史料』 11編 13 天正13年正月 p.87

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八幡輪迄乘入しに、新田・館林新手馳付宗綱敗軍す、長尾・新田・足利惣軍を卒し、佐野へ押, 來矢と云鎧、又海中ゟ出現の郎等に小男か子孫龍太郎・龍次郎と云化人身に鱗形あり、萬, 〔館林記〕佐野興廢之事, 其比野州佐野の城主修理大夫宗綱、血氣短慮の驕將、先祖は鎭守府將軍秀郷苗裔、足利又, 林利軍す、いまゝゆる村里は、稻岡・西場・只木・寺岡村・上羽田村は佐野領也候を、長, 尾攻とらんと戰度々に及ひ、八椚・猿田合戰には長尾敗北し、足利古城へ引取ル、宗綱押寄, 夫不當の大力、又忠綱宇治川先陣の時川底の綱を切り、名譽を顯したる綱切といふ名劒も, 太郎忠綱ゟ十六代、抑曩祖秀郷龍宮城より傳來の寶物子孫家々に傳ふ、就中、佐野家に飛, 多麻・橘樹兩郡ノ郊野へ出向テ、夫ヨリ兩將ヲ警固シ、東上野ノ居城へソ歸ケル、, 傳りたり、年來館林と境を論し國を爭ふ事やます、ある時は佐野方勝利を得、又之時は館, 郎右衞門・藤生紀伊守・金井田傳吉・江戸豐後守・矢野九郎兵衞等八百五十餘人、武藏國, 〔下野佐野岩崎系圖〕, 宗綱, 下彦間涓討天正十四午正月一曰、水晶院殿〓山長渭居士、, 修理之助、, 號横山, ○下, 野, 〔〓, 境ヲ爭フ, 爲ニ敗ル, 戰死トノ説, 宗綱ノ祖先, 天正十四年, 宗綱新田館, 飛來矢ノ鎧, 館林ト連年, 天正十五年, 綱切ノ名劍, 林ノ新手ノ, 戰死トノ説, 天正十三年正月一日, 八七

割注

  • 修理之助、
  • 號横山
  • ○下
  • 〔〓

頭注

  • 境ヲ爭フ
  • 爲ニ敗ル
  • 戰死トノ説
  • 宗綱ノ祖先
  • 天正十四年
  • 宗綱新田館
  • 飛來矢ノ鎧
  • 館林ト連年
  • 天正十五年
  • 綱切ノ名劍
  • 林ノ新手ノ

  • 天正十三年正月一日

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  • 八七

注記 (33)

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