『大日本史料』 11編 13 天正13年正月 p.89

Loading…

要素

ノンブル

OCR テキスト

んと、家共臣に評定あれ共、各ゆすり合て運慮を述る者はなし、宗綱心意をいため、たと, に、又彦間迄とられては佐野滅亡是ゟ甚しきはなし、此恥辱を雪ずんは生て何の面目あら, 館林に屬し彦間の城主となり給へと詞を盡しすゝめしかは、欲には迷ふ人心、終に同心す、, 多勢を以て責る時は、佐野後詰せんには館林勢利あらす、所詮知謀を以てとらんにはと、, りしかは、年わすれに小野父子を下總か宅に請招するに、何心なく入來る、種々〓應は盡し、, 略の程苟もあらんや、先計ヒ見可申と、夫より忍て彦間に通ひ、下總に謀反をすゝめ、是非, 風呂へ入けるを、筑前兼て之伏勢を發し、浴室へ飛入父子一同に殺害す、剩下總をも討取、, 筑前悦ひ謀計を教へ、忍ひ〳〵に人數を入、さるをかへさせ待居たり、去程に歳末にいた, 小曾根筑前を招て、扨も彦間城を乘取らんと思へとも、力攻にしてハ佐野後詰六ケし、貴, 來り、段々意趣をけれは宗綱座を打て、あら口惜や面鳥をとられしさへ無念晴やらさりし, 佐野持城彦間には城代小野兵部父子を籠置たり、彦間は佐野よりは近く館林よりは遠し、, は其方縁者たるよし、何卒すかし謀り入り、兵部父子を可討取と有けれは、筑前承り、謀, 妻子一族悉く追出し、忍入し人數を以門々を固メ、押而城主と成にけり、去程に落人佐野へ, 殿計略ニ不可過、事成就せは彦間の城其方へとらすへし、きけは小野兵部か郎從田沼下總, 天正十三年正月一日, 八九

  • 天正十三年正月一日

ノンブル

  • 八九

注記 (16)

  • 300,591,59,2292んと、家共臣に評定あれ共、各ゆすり合て運慮を述る者はなし、宗綱心意をいため、たと
  • 416,594,60,2288に、又彦間迄とられては佐野滅亡是ゟ甚しきはなし、此恥辱を雪ずんは生て何の面目あら
  • 1123,592,61,2313館林に屬し彦間の城主となり給へと詞を盡しすゝめしかは、欲には迷ふ人心、終に同心す、
  • 1697,594,59,2267多勢を以て責る時は、佐野後詰せんには館林勢利あらす、所詮知謀を以てとらんにはと、
  • 889,596,61,2312りしかは、年わすれに小野父子を下總か宅に請招するに、何心なく入來る、種々〓應は盡し、
  • 1239,596,60,2297略の程苟もあらんや、先計ヒ見可申と、夫より忍て彦間に通ひ、下總に謀反をすゝめ、是非
  • 766,589,59,2316風呂へ入けるを、筑前兼て之伏勢を發し、浴室へ飛入父子一同に殺害す、剩下總をも討取、
  • 1006,592,59,2301筑前悦ひ謀計を教へ、忍ひ〳〵に人數を入、さるをかへさせ待居たり、去程に歳末にいた
  • 1583,597,59,2294小曾根筑前を招て、扨も彦間城を乘取らんと思へとも、力攻にしてハ佐野後詰六ケし、貴
  • 533,591,59,2294來り、段々意趣をけれは宗綱座を打て、あら口惜や面鳥をとられしさへ無念晴やらさりし
  • 1812,590,58,2262佐野持城彦間には城代小野兵部父子を籠置たり、彦間は佐野よりは近く館林よりは遠し、
  • 1353,605,61,2288は其方縁者たるよし、何卒すかし謀り入り、兵部父子を可討取と有けれは、筑前承り、謀
  • 651,590,58,2287妻子一族悉く追出し、忍入し人數を以門々を固メ、押而城主と成にけり、去程に落人佐野へ
  • 1469,592,59,2297殿計略ニ不可過、事成就せは彦間の城其方へとらすへし、きけは小野兵部か郎從田沼下總
  • 198,749,43,389天正十三年正月一日
  • 201,2462,42,82八九

類似アイテム