『維新史』 維新史 1 p.180

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念抑へ難く、, と詠じ、深く報恩を期したのであつた。, にするに存せず、健脚を以て六十餘州を跋渉し、各地の諸名士と談論〓精するに, は、常に王朝衰微の跡を囘顧して慷〓止まざりしことは、茶山自ら, 川淇園は交遊の士であり、又水戸の長久保赤水・立原翠軒・藤田幽谷とも意見を交, へ、更に仙臺の林子平とも肝膽相照して國事を談じ合つた。蒲生君平も亦彦九, あつた。備後の菅茶山、安藝の頼春水、大坂の中井竹山、讚岐の柴野栗山、京都の皆, 山持豐より、己が名の畏くも光格天皇の天聽に達してゐたことを仄聞し、忠誠の, 郎と會合を欲したが、不幸にして機を得なかつたといふ。而して遊歴に當つて, われをわれとしろしめすかや, 彦九郎は上野新田の人なり。余はたち許の時來りて一宿す。其話中古より, 蓋し彦九郎の特色は、靜かに古書を繙いて冥想沈思し、子弟を教養し、著述を公, 王道の衰へし事を嘆きて、甚しき時は涕流をなす。歴代天子の御諱・山陵ま, 皇の玉の御こゑのかゝる嬉しさ, 彦九郎の, 諸地遊歴, 第一編尊王論の發達, 一八〇

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  • 彦九郎の
  • 諸地遊歴

  • 第一編尊王論の發達

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  • 一八〇

注記 (18)

  • 1581,568,56,330念抑へ難く、
  • 1247,573,58,1070と詠じ、深く報恩を期したのであつた。
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