『大日本史料』 11編 13 天正13年正月 p.161

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十曰、壬午、天晴、暖氣、, 及是非、可罷出之分也、, 燒香、青女・侍從各召具燒香、當寺中衆悉、殿原・中間・外様者共多分、半齋、去年依, 唯神院殿十三回忌也、憚神前毎朝行法書略之、著直垂、唯神院殿社參燒香、次於神龍院, 方へ移徙之爲禮、貳十疋玄三持來之由申畢、明日出頭、内々用意申付之義、唯神院殿年, 十四日、, 參内シテ、歳首ヲ賀シ奉ル、, 國清公大垣を轉して、岐阜城を賜り、十萬石を領し給ふ、, 忌云十三廻、旁乍憚勸亞相ヨリ申來云、諸家御對面之次也、出頭可然之由被申候間、不, 神祇大副吉田兼和、, ある、, 〔兼見卿記〕八正月九日、辛巳、雪降、五寸斗在地、玄三貳十疋持來、對面進盃、侍從, 天正十三年, 移封岐阜、攻太田城、, ふべきにあらすと、かさねて申けるは、もし恩顧の主君の遺嗣の絶るを不患して、みつからの利とせは、是貧暴邪〓, したかふ時は富貴を得、仰にさかふ時は死を賜るか、放逐せられんか、二ツの間成べし、されとも今更己か榮辱を思, を大國に封せらるゝよりも御恩たるへしと答へけれ共、許容なく、嚴命しは〳〵ありしかは、長兵衞思ふやう、仰に, まさりしにそ、秀吉、伊木か類なき忠貞節義を感せられ、國清公に護國公の遺跡を全く賜りしとそ、略, の人にて候はすや、かゝる者ならんに郡邑を賜るは、ひとへに巨盗を養はるゝにひとし〓候と歎訴や〓下, ○下略、照政、紀伊太田城攻, 圍ニ加ハルコトニカヽル, 戌、, に予に忠深き者なれは、勝入か遺跡を絶て、長兵衞に六萬斛あたふへしとて、其仰ある、伊木申けるは、勝, 一説に秀吉のたまひけるは、勝入は一度予に屬するといへ共、其心中はかりかたし、彼か臣伊木長兵衞は實, 又子命を〓すといへとも二男古新大將の器量備りて候、願くは古新に勝入か領地賜て、池田の家を繼候はゝ、鄙〓, 見、, まさりしにそ、秀吉、伊木か類なき忠貞節義を感せられ、國清公に護國公の遺跡を全く賜りしとそ、略, の人にて候はすや、かゝる者ならんに郡邑を賜るは、ひとへに巨盗を養はるゝにひとし〓候と歎訴や〓下, 酉, 乙, 〓殞〓, したかふ時は富貴を得、仰にさかふ時は死を賜るか、放逐せられんか、二ツの間成べし、されとも今更己か榮蒋を思, を大國に封せらるゝよりも御恩たるへしと答へけれ共、許容なく、嚴命しは〳〵ありしかは、長兵衞思ふやう、仰に, 丙, ふへきにあらすと、かさねて申けるは、もし恩顧の主君の遺嗣の絶るを不患して、みつからの利とせは、是貧暴邪匿, 兼, 吉田兼右十, 三回忌, 天正十三年正月十四日, 一六一, 天正十三年正月十四日

割注

  • ○下略、照政、紀伊太田城攻
  • 圍ニ加ハルコトニカヽル
  • 戌、
  • に予に忠深き者なれは、勝入か遺跡を絶て、長兵衞に六萬斛あたふへしとて、其仰ある、伊木申けるは、勝
  • 一説に秀吉のたまひけるは、勝入は一度予に屬するといへ共、其心中はかりかたし、彼か臣伊木長兵衞は實
  • 又子命を〓すといへとも二男古新大將の器量備りて候、願くは古新に勝入か領地賜て、池田の家を繼候はゝ、鄙〓
  • 見、
  • まさりしにそ、秀吉、伊木か類なき忠貞節義を感せられ、國清公に護國公の遺跡を全く賜りしとそ、略
  • の人にて候はすや、かゝる者ならんに郡邑を賜るは、ひとへに巨盗を養はるゝにひとし〓候と歎訴や〓下
  • 〓殞〓
  • したかふ時は富貴を得、仰にさかふ時は死を賜るか、放逐せられんか、二ツの間成べし、されとも今更己か榮蒋を思
  • を大國に封せらるゝよりも御恩たるへしと答へけれ共、許容なく、嚴命しは〳〵ありしかは、長兵衞思ふやう、仰に
  • ふへきにあらすと、かさねて申けるは、もし恩顧の主君の遺嗣の絶るを不患して、みつからの利とせは、是貧暴邪匿

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  • 吉田兼右十
  • 三回忌

  • 天正十三年正月十四日

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  • 一六一
  • 天正十三年正月十四日

注記 (41)

  • 474,612,59,648十曰、壬午、天晴、暖氣、
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