Loading…
要素
割注頭注ノンブル
OCR テキスト
十曰、壬午、天晴、暖氣、, 及是非、可罷出之分也、, 燒香、青女・侍從各召具燒香、當寺中衆悉、殿原・中間・外様者共多分、半齋、去年依, 唯神院殿十三回忌也、憚神前毎朝行法書略之、著直垂、唯神院殿社參燒香、次於神龍院, 方へ移徙之爲禮、貳十疋玄三持來之由申畢、明日出頭、内々用意申付之義、唯神院殿年, 十四日、, 參内シテ、歳首ヲ賀シ奉ル、, 國清公大垣を轉して、岐阜城を賜り、十萬石を領し給ふ、, 忌云十三廻、旁乍憚勸亞相ヨリ申來云、諸家御對面之次也、出頭可然之由被申候間、不, 神祇大副吉田兼和、, ある、, 〔兼見卿記〕八正月九日、辛巳、雪降、五寸斗在地、玄三貳十疋持來、對面進盃、侍從, 天正十三年, 移封岐阜、攻太田城、, ふべきにあらすと、かさねて申けるは、もし恩顧の主君の遺嗣の絶るを不患して、みつからの利とせは、是貧暴邪〓, したかふ時は富貴を得、仰にさかふ時は死を賜るか、放逐せられんか、二ツの間成べし、されとも今更己か榮辱を思, を大國に封せらるゝよりも御恩たるへしと答へけれ共、許容なく、嚴命しは〳〵ありしかは、長兵衞思ふやう、仰に, まさりしにそ、秀吉、伊木か類なき忠貞節義を感せられ、國清公に護國公の遺跡を全く賜りしとそ、略, の人にて候はすや、かゝる者ならんに郡邑を賜るは、ひとへに巨盗を養はるゝにひとし〓候と歎訴や〓下, ○下略、照政、紀伊太田城攻, 圍ニ加ハルコトニカヽル, 戌、, に予に忠深き者なれは、勝入か遺跡を絶て、長兵衞に六萬斛あたふへしとて、其仰ある、伊木申けるは、勝, 一説に秀吉のたまひけるは、勝入は一度予に屬するといへ共、其心中はかりかたし、彼か臣伊木長兵衞は實, 又子命を〓すといへとも二男古新大將の器量備りて候、願くは古新に勝入か領地賜て、池田の家を繼候はゝ、鄙〓, 見、, まさりしにそ、秀吉、伊木か類なき忠貞節義を感せられ、國清公に護國公の遺跡を全く賜りしとそ、略, の人にて候はすや、かゝる者ならんに郡邑を賜るは、ひとへに巨盗を養はるゝにひとし〓候と歎訴や〓下, 酉, 乙, 〓殞〓, したかふ時は富貴を得、仰にさかふ時は死を賜るか、放逐せられんか、二ツの間成べし、されとも今更己か榮蒋を思, を大國に封せらるゝよりも御恩たるへしと答へけれ共、許容なく、嚴命しは〳〵ありしかは、長兵衞思ふやう、仰に, 丙, ふへきにあらすと、かさねて申けるは、もし恩顧の主君の遺嗣の絶るを不患して、みつからの利とせは、是貧暴邪匿, 兼, 吉田兼右十, 三回忌, 天正十三年正月十四日, 一六一, 天正十三年正月十四日
割注
- ○下略、照政、紀伊太田城攻
- 圍ニ加ハルコトニカヽル
- 戌、
- に予に忠深き者なれは、勝入か遺跡を絶て、長兵衞に六萬斛あたふへしとて、其仰ある、伊木申けるは、勝
- 一説に秀吉のたまひけるは、勝入は一度予に屬するといへ共、其心中はかりかたし、彼か臣伊木長兵衞は實
- 又子命を〓すといへとも二男古新大將の器量備りて候、願くは古新に勝入か領地賜て、池田の家を繼候はゝ、鄙〓
- 見、
- まさりしにそ、秀吉、伊木か類なき忠貞節義を感せられ、國清公に護國公の遺跡を全く賜りしとそ、略
- の人にて候はすや、かゝる者ならんに郡邑を賜るは、ひとへに巨盗を養はるゝにひとし〓候と歎訴や〓下
- 酉
- 乙
- 〓殞〓
- したかふ時は富貴を得、仰にさかふ時は死を賜るか、放逐せられんか、二ツの間成べし、されとも今更己か榮蒋を思
- を大國に封せらるゝよりも御恩たるへしと答へけれ共、許容なく、嚴命しは〳〵ありしかは、長兵衞思ふやう、仰に
- 丙
- ふへきにあらすと、かさねて申けるは、もし恩顧の主君の遺嗣の絶るを不患して、みつからの利とせは、是貧暴邪匿
- 兼
頭注
- 吉田兼右十
- 三回忌
柱
- 天正十三年正月十四日
ノンブル
- 一六一
- 天正十三年正月十四日
注記 (41)
- 474,612,59,648十曰、壬午、天晴、暖氣、
- 590,671,59,587及是非、可罷出之分也、
- 243,673,78,2234燒香、青女・侍從各召具燒香、當寺中衆悉、殿原・中間・外様者共多分、半齋、去年依
- 362,672,72,2237唯神院殿十三回忌也、憚神前毎朝行法書略之、著直垂、唯神院殿社參燒香、次於神龍院
- 823,664,72,2240方へ移徙之爲禮、貳十疋玄三持來之由申畢、明日出頭、内々用意申付之義、唯神院殿年
- 1046,550,70,250十四日、
- 1058,1620,76,916參内シテ、歳首ヲ賀シ奉ル、
- 1173,611,68,1464國清公大垣を轉して、岐阜城を賜り、十萬石を領し給ふ、
- 706,663,73,2240忌云十三廻、旁乍憚勸亞相ヨリ申來云、諸家御對面之次也、出頭可然之由被申候間、不
- 1049,902,78,610神祇大副吉田兼和、
- 1760,602,51,124ある、
- 930,575,82,2338〔兼見卿記〕八正月九日、辛巳、雪降、五寸斗在地、玄三貳十疋持來、對面進盃、侍從
- 1287,662,56,280天正十三年
- 1292,1024,59,528移封岐阜、攻太田城、
- 1510,615,53,2275ふべきにあらすと、かさねて申けるは、もし恩顧の主君の遺嗣の絶るを不患して、みつからの利とせは、是貧暴邪〓
- 1554,619,54,2274したかふ時は富貴を得、仰にさかふ時は死を賜るか、放逐せられんか、二ツの間成べし、されとも今更己か榮辱を思
- 1625,603,55,2281を大國に封せらるゝよりも御恩たるへしと答へけれ共、許容なく、嚴命しは〳〵ありしかは、長兵衞思ふやう、仰に
- 1394,603,52,2035まさりしにそ、秀吉、伊木か類なき忠貞節義を感せられ、國清公に護國公の遺跡を全く賜りしとそ、略
- 1436,603,55,2068の人にて候はすや、かゝる者ならんに郡邑を賜るは、ひとへに巨盗を養はるゝにひとし〓候と歎訴や〓下
- 1213,2107,45,564○下略、照政、紀伊太田城攻
- 1173,2107,39,485圍ニ加ハルコトニカヽル
- 1040,814,42,50戌、
- 1748,794,55,2093に予に忠深き者なれは、勝入か遺跡を絶て、長兵衞に六萬斛あたふへしとて、其仰ある、伊木申けるは、勝
- 1793,795,56,2104一説に秀吉のたまひけるは、勝入は一度予に屬するといへ共、其心中はかりかたし、彼か臣伊木長兵衞は實
- 1671,655,55,2230又子命を〓すといへとも二男古新大將の器量備りて候、願くは古新に勝入か領地賜て、池田の家を繼候はゝ、鄙〓
- 1050,1543,39,47見、
- 1394,606,51,2024まさりしにそ、秀吉、伊木か類なき忠貞節義を感せられ、國清公に護國公の遺跡を全く賜りしとそ、略
- 1437,606,54,2064の人にて候はすや、かゝる者ならんに郡邑を賜るは、ひとへに巨盗を養はるゝにひとし〓候と歎訴や〓下
- 1278,952,38,35酉
- 1320,954,40,30乙
- 1711,815,32,52〓殞〓
- 1553,611,55,2278したかふ時は富貴を得、仰にさかふ時は死を賜るか、放逐せられんか、二ツの間成べし、されとも今更己か榮蒋を思
- 1625,604,55,2282を大國に封せらるゝよりも御恩たるへしと答へけれ共、許容なく、嚴命しは〳〵ありしかは、長兵衞思ふやう、仰に
- 1086,815,37,48丙
- 1509,608,54,2278ふへきにあらすと、かさねて申けるは、もし恩顧の主君の遺嗣の絶るを不患して、みつからの利とせは、是貧暴邪匿
- 1094,1539,38,36兼
- 379,245,41,215吉田兼右十
- 327,250,39,124三回忌
- 147,777,41,429天正十三年正月十四日
- 160,2455,43,96一六一
- 147,777,41,428天正十三年正月十四日







