『大日本史料』 11編 14 天正13年3月 p.427

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同十一年、諸將とともに江州箕作の城をせめやぶる、, 倉を征したまふとき、長秀軍功あり、かるが故に朝倉が所持の木枯といふ壺を給ふ、, 永祿五年、信長江州佐々木を征伐のとき、軍謀をあつかりきく、, 〳〵加倍あり、信長姪女をもつて長秀に妻す、, 同二年、淺井と朝倉義景とはかり、ことをあはせ、叡山にのぼり、信長をさへきりと, とき、江州の國賊路をさへきる、こゝにをひて長秀賊徒千餘人を討捕ぬ、又朝倉が楯, 元龜元年、淺井備前守長政信長にそむきしとき、長秀をして淺井が家臣磯野丹波守を, ひた合戰度々にをよぶといへとも、勝負いまだ決せず、長秀兵をひゐて大津にいたる, ゝむ、信長、野田・福嶋をすてゝとくはせ、江州大津につき、坂本をせむ、數旬のあ, 同三年、磯野丹波守降參す、こゝにをひて佐和山五萬石の地を長秀にたまふ、信長朝, 同十二年、伊勢の國司か居城大河内をせめて、これを拔、, 佐和山にをひておさへしむ、, にかへる、, 籠堅田の城を攻處に、朝倉既勢つきて和をこひ、引て越前にかへりぬ、淺井も又小谷, 長秀堅田ヲ, 山ニ封ズ, 長秀ヲ佐和, 昌ヲ攻メシ, 信長長秀ヲ, 攻ム, シテ磯野員, 妻トス, ノ壺ヲ與フ, 長秀ニ木枯, 信長ノ姪ヲ, 天正十三年四月十六日, 四二七

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  • 長秀堅田ヲ
  • 山ニ封ズ
  • 長秀ヲ佐和
  • 昌ヲ攻メシ
  • 信長長秀ヲ
  • 攻ム
  • シテ磯野員
  • 妻トス
  • ノ壺ヲ與フ
  • 長秀ニ木枯
  • 信長ノ姪ヲ

  • 天正十三年四月十六日

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  • 四二七

注記 (27)

  • 1674,746,56,1337同十一年、諸將とともに江州箕作の城をせめやぶる、
  • 307,736,60,2140倉を征したまふとき、長秀軍功あり、かるが故に朝倉が所持の木枯といふ壺を給ふ、
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  • 1918,746,56,1161〳〵加倍あり、信長姪女をもつて長秀に妻す、
  • 1179,738,59,2176同二年、淺井と朝倉義景とはかり、ことをあはせ、叡山にのぼり、信長をさへきりと
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