『大日本史料』 11編 15 天正13年4月 p.100

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己上根來燒討太田責細記, 家の秘書奥藏を尋、且老人に問ひ、舊跡に至りて、隱れし月を扇のしめに見正し、風を, 秀吉公の爲に打負、根來徒は雜賀・太田と共に力を合せども、寺院は燒失せられ、太田, ふ、, は少シ計持こたえしたれ共、わずか十餘日にて落城したり、此書は天正以後の家々、大, 夫關南紀陽の國に根來・雜賀ありて、雜賀は昔天正之比、光佐僧正え粉骨したり、是は, は書の徳也、是偏に昔を今知るが如く、後の代迄今の昔を指の好寶塵ならむと、しか言, 略とも、根來は七十萬の石料を握り、大閤公に向ひ、太田をかたらい泉州に出張し、, 掌中の至寶なり、誠なる哉、はるけき昔を今の樣に知り、遠國の事を鑑の前に近て見る, 樹木の動に聞て、此一軸を編顯して根來燒失太田責となす、古謂書は貫道の器の如し、, 慶安三年庚寅三月, 田地士黎民、殊ニ武ヲ嗜ミ恣ヲ揮ヒシカ、既ニ秀吉ノ猛威ニ懼レ雌服スト雖、處々ヨリ, 優閑齋寛慶敬言, 北雜賀太, 〔武徳編年集成〕, ○次ニ太田城附近, ノ圖アリ、略ス、, スルコトニカヽル、三月二十一日及ビ同月二十五日ノ條ニ收ム, ○中略、秀吉根來雜賀ヲ伐ツコト、及ビ白樫左衞門尉秀吉ニ應, 三十(天正十三年〕, 三月, 天正十三年四月二十二日, 一〇〇

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  • ○次ニ太田城附近
  • ノ圖アリ、略ス、
  • スルコトニカヽル、三月二十一日及ビ同月二十五日ノ條ニ收ム
  • ○中略、秀吉根來雜賀ヲ伐ツコト、及ビ白樫左衞門尉秀吉ニ應
  • 三十(天正十三年〕
  • 三月

  • 天正十三年四月二十二日

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  • 一〇〇

注記 (23)

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