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へたり、, り來り爰にて同しく死たりと云、五六年前此貳人の墓を鑿たるに、いまた底迄至らざる, に刀鎗の類出つ、恐れて止たりと云、, 眞鍋氏なり、舊近江國より出づ、眞鍋近江守孝綱と云もの始て此地に來り、弘治二年丙, 〔西條誌〕, る、喜藏は金子村の庄屋求右衞門の同家にて、金子城主とは姻親也しと云、, 城主に因み姻親と成、金子は土州の長曾我部元親に屬するを以、兼綱の子兼信を金子の, 金彩爛然たり、此像に足むけ臥せば枕返とて必頭脚顛倒せしむと喜藏手を斂てこれを語, 養子として土佐に往しめ長曾我部に質とす、天正の頃、長曾我部氏衰へ、金子氏滅ふ、, 觀音堂舊家與右衞門持庵, 辰の歳沒す、其子佐渡守家綱、右京兼孝、勘解由行綱等聯綿して兼綱に至る、皆金子の, 因て兼信當國に歸り、加藤左馬介嘉明殿に仕へ新居郡の治務を行ふと云事、其家譜に見, 觀音の像一體金子備後守の持佛にてありしと云傳ふ、當村喜藏と云ものゝ家に安置す、, 〔西條誌〕, 〔西條誌〕, 舊家與右衞門, 中村, 中村, 十三, 十三, 船屋村, 五, 持佛, 金子元宅養, 子兼信ヲ長, 宗我部氏ノ, 人質トナス, 金子元宅ノ, トノ説, 地藏堂舊は森右衞門持庵、今は村持、, 天正十三年七月十七日, 二四〇
割注
- 中村
- 十三
- 船屋村
- 五
頭注
- 持佛
- 金子元宅養
- 子兼信ヲ長
- 宗我部氏ノ
- 人質トナス
- 金子元宅ノ
- トノ説
柱
- 地藏堂舊は森右衞門持庵、今は村持、
- 天正十三年七月十七日
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- 二四〇
注記 (32)
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