『大日本史料』 11編 17 天正13年7月 p.310

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臣にもあらす、時の權におされ縁に結ぼれたると云計也、急き味方に屬し忠節をなし、, 家を起し後榮を願ふへしとそいわせける、關ノ兵衞はさ計の勇者なりしか、此詞に氣を, へ御手遣に忠勤を抽へしとて使をは返しける、斯る企有とは人思ひ寄へき事ならね共、, 若も此使の往來を人の怪む事やあらん、味方の疑を散せんと思案し、其夜しも俄に雨降, 集て宣ひけるは、東條關ノ兵衞は叔父東條紀伊守と内通し、隱謀有由告しらする者有、, 彼は阿州の地士なれ共、元親久武内藏助か娘を養子にして嫁せしめ、木津の城を預置ぬ、, 碎かれ、實もと思ひ、如何にも仰に隨ひ奉るへし、御取成にて御許容あらは、近日土州, 越給ふらん、斯る不覺人と不知附隨ひけるこそ越度なれと、爪彈をしてそ囁きける、素, 働も見えす、又木津の城を落されなは一の宮に籠へきに、左もなく、又海部の城にも足, 風烈しかりけれは、是天の扶也と、夜半計に城をあけ、土佐をさしてそ落行ける、諸軍, 此度は當家安否の境なれは、無二の忠切を勵すへき所に、大軍に打負たりといへ共、其, 勢共、是ハ何と云事そ、籠城したる甲斐もなく、一働もせす、何の面目有て土佐へは立, り隱す事なれ共、惡事千里を走りて、宮内少羽久地にて此事を早聞給ひ、家老の面々を, を留す、大要の弓箭の落著をも見屆す、土佐の國迄遙々逃行事、彼左程腰を拔す者にて, 關兵衞土佐, ニ遁ル, 關兵衞ハ阿, 波ノ地侍, 天正十三年七月十九日, 三一〇

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  • 關兵衞土佐
  • ニ遁ル
  • 關兵衞ハ阿
  • 波ノ地侍

  • 天正十三年七月十九日

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  • 三一〇

注記 (20)

  • 1801,672,58,2224臣にもあらす、時の權におされ縁に結ぼれたると云計也、急き味方に屬し忠節をなし、
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