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内と改られ、, 源六・六郎三郎等に功賞を賜はる、源六, 人には子細なく舊領を賜はる、, て誅に伏せしむ、罪輕きものは許され、舊領を與へらるゝもあり、, 其時京信國の刀を與へらる、, に居らしめて、一山の判斷を掌らしめらる、, 本田修理, る、, をして一宇山に據らしめて土佐に備ふ、六郎三郎, にして〓にして、渭津の府に送り致し、各其罪を窮詰せられ, 橘大膳, 右七人は長曾我部氏に黨して革面せさるを以て、所領を沒收せら, 横田内膳, 松家隼人, 坂井大學, 〓〓・八木河内, 、六郎三郎の子安右衞門なり、安右衞門孫松千代年十三、初て朝〓を賜ひ名を源, 大江出雲, 黒田監物, 武集平馬, 香川權太, 松下平太, 大野主馬, 祖谷山, 播磨左近, 右十一人降心せずして出奔す、六郎三郎・安右衞門追之、讚州郡足津諸, ・事轟與惣, 三木兵衞, 影山持監, 中山藤左衞田, 田宮新平, 事は一宇山の篇に詳に, 鵜足郡中通口へは阿波の大西より, あり、故に爰に略す、, 手合として數百人攻入るとなり、, 長曾我部氏と戰ひ敗れて一宇山に逃れ居り、南八藏か祖なり、, 栗枝渡, 太郎正行, 政所と稱するよし、命を蒙り二ケ名一圓山川を領せるこ, 尾井, 多源内の祖也、, 田野内, 源六の弟にして喜, 鍛冶屋名主、三好軍記に轟の城, 久及, 奥野井, 具れりとい, 名士, 名主, 小野寺備中守の子なり、備中守阿波郡朽田五か村を領せし時、, 是より世々源, と、慶長十七年十八年の親印の符を賜りける、其家譜に, 名主, 下瀬, 名主, 今井, 大枝, 名主, 名主, には近藤勘右衞門尉正次・同孫, 田窪, 釣井, 重末, 内と稱す、, 名主, 名主, 名主, 落合, 名士, 名主, 名主, ふなり、, となり、, 岑名, 今窪, 名主, 榎名, 平名ヽ, 主, 主, 主, 一宇山ニ據, 小野寺源六, 郎祖谷山ニ, 居ス, リ弟六郎三、, 沒落セル名, 主, 天正十三年九月二日, 二七
割注
- 事は一宇山の篇に詳に
- 鵜足郡中通口へは阿波の大西より
- あり、故に爰に略す、
- 手合として數百人攻入るとなり、
- 長曾我部氏と戰ひ敗れて一宇山に逃れ居り、南八藏か祖なり、
- 栗枝渡
- 太郎正行
- 政所と稱するよし、命を蒙り二ケ名一圓山川を領せるこ
- 尾井
- 多源内の祖也、
- 田野内
- 源六の弟にして喜
- 鍛冶屋名主、三好軍記に轟の城
- 久及
- 奥野井
- 具れりとい
- 名士
- 名主
- 小野寺備中守の子なり、備中守阿波郡朽田五か村を領せし時、
- 是より世々源
- と、慶長十七年十八年の親印の符を賜りける、其家譜に
- 下瀬
- 今井
- 大枝
- には近藤勘右衞門尉正次・同孫
- 田窪
- 釣井
- 重末
- 内と稱す、
- 落合
- ふなり、
- となり、
- 岑名
- 今窪
- 榎名
- 平名ヽ
- 主
頭注
- 一宇山ニ據
- 小野寺源六
- 郎祖谷山ニ
- 居ス
- リ弟六郎三、
- 沒落セル名
- 主
柱
- 天正十三年九月二日
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- 二七
注記 (90)
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