『大日本近世史料』 編脩地誌備用典籍解題 5 p.230

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をしるす、多賀城の下、その碑圖をのせたり、, 昆崙山生相中紀行一卷, て氏を改め、藤十郎と稱す、定泰か養はれしも定昌と同族にして、子孫今主水といふ、, の弟なり、定泰、善次郎と稱す、菅沼家を續く、定昌、七十郎と稱、後また菅沼家を續, たるより、みちのくのかたに行脚せむといふを見れは、その人京師の人にやしらす、江, 名氏をあらはさす、卷末に、享保二年作者釣月草と記すのみ、都を出てむさしの國にく, す、按るに、忠隆、勘十郎と稱す、次右衞門貞盈の子、幕府の士、定泰・定昌は忠降, わたり、行路の奇觀絶景、或は神社佛閣を拜し、あるひは勝地古蹟をさくり、幽興閑趣, を極めし事におよへり、, 祠に詣て、歸路におもむくまてのあらましを漢文もて書せり、品川驛を發し、六合津を, 戸を出てより曰光山をはしめ道々の事跡をしるし、その所々にてよみしみつからの和歌, 山重鼎君彝撰、重鼎號崑崙山人、享保二年丁酉の秋友人と共に相中を歴遊し、江島天女, 陸奧紀行, 陸奧紀行〓〓數二册, 寫本, 寫本, 册, (山井), 山井重鼎撰, 名氏ヲアラハ, 歴遊ノ紀行, 享保二年相中, 享保二年釣月, ト記ス, メ道々ノ事跡, 日光山ヲハジ, サズ, 多賀城ノ碑, 編脩地誌備用典籍解題卷之二十四, 二三〇

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  • 寫本
  • (山井)

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  • 山井重鼎撰
  • 名氏ヲアラハ
  • 歴遊ノ紀行
  • 享保二年相中
  • 享保二年釣月
  • ト記ス
  • メ道々ノ事跡
  • 日光山ヲハジ
  • サズ
  • 多賀城ノ碑

  • 編脩地誌備用典籍解題卷之二十四

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  • 二三〇

注記 (30)

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