『大日本史料』 5編 10 嘉禎元年5月~同2年11月 p.12

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同卿、山家松と云題にて、, 此時定家卅九歳也、定家は八十迄の齡にて有たる程に、此山庄を搆へられ, 當時五十人、其内にいらて叶さる人も洩たり、又さしてもなき人も有、何と, そ定家卿所存有ての事成へし、又古今の作者數しれぬほとに、漏〓の作者, 來世を治め、民をみちひく教誡の端とする事にて有に、新古今の歌は、花を, られし也、代々の集を以、時の風をしれと也、扨此百人の作者は、古人五十人, ん爲に、力を入て、此百首は實多く撰給ひし也、新勅撰も實の有歌を多く入, して、定家在世の間は出されす、爲家時分に流布すと也、百首は本は講釋な, おほく有へき也、去程に、洩たる作者は、遺恨におもはてろなはぬ程に、祕在, 發起、新古今の歌はなやの過て、定家卿の心に不叶、其子細は、和歌の道は、古, さきとして、實を後にしたる集也、去程に、定家卿の心に不叶、新古今を押〓, 是等も此山庄の事なるか、風雅集に入たり、是は猶以山庄の歌也、此百首の, ろりし也、東野州常縁、宗祇に始て讀て聞をしより以來、講談する事になれ, たるは、若き時と見えたり、又四季の山家の歌の中に、, 。小倉山松にかくるゝ草の庵の夕くれいそく夏そすゝしき, ○中略、前掲忍は, れんノ歌ニ同ジ、, 講釋ノ始, 嘉禎元年五月一日, 一二

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  • ○中略、前掲忍は
  • れんノ歌ニ同ジ、

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  • 講釋ノ始

  • 嘉禎元年五月一日

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  • 一二

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