『大日本史料』 5編 13 仁治元年9月~同2年12月 p.759

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〓なり、いかにも其風骨心つかひを學ふへきなり、, といふやうに、凡慮の及所にあらすとて、其末葉の風躰をめにかくへき, まれしなり、, と申す輩は侍れとも、予か存侍るは、上たる道を學て、中たる道を得と申, も得へけれと存なり、佛法修行も、佛果にこそ目をかけて修行すへけれ、, とあらのこ萩そてに見てふけゆく月におもるしら露、此うたは、ふつと, 侍れは、をよはぬまても、無上の所にめをかけてこそ、不叶は中たる道を, よは〳〵しく三乘道にて、さてはてんと心さして修行すへき事にはあ, 一定家の、春のよの夢のうき橋の歌は、ゆめ打覺てみたれは、嶺に横雲のわ, 一戀歌には、定家のうた程なるは、昔よりあるましき也、待戀に、風あらきも, かるゝころなり、そのなりをそのまゝよくいひ出したるなり、夢のうき, はしとたえして峯にわかるゝといへるか、よくつゝきおもしろきなり、, らす、但其風躰を學とて、手にをはことはをにせ侍るは、かたはらいたき, 一八月廿日は、定家卿忌日也我々幼少の比は、和歌所に、とふらひに歌をよ, 叶まても、定家の風骨をうらやみ學へしと存侍るなり、かれは向上一路, 仁治二年八月二十日, 戀歌ニハ, 忌日ト歌, 秀歌, プモノナ, 定家ニ及, 學ブベシ, 人, 骨ヲ羨ミ, 仁治二年八月二十日, 七五九

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  • 戀歌ニハ
  • 忌日ト歌
  • 秀歌
  • プモノナ
  • 定家ニ及
  • 學ブベシ
  • 骨ヲ羨ミ

  • 仁治二年八月二十日

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  • 七五九

注記 (26)

  • 1032,693,59,1491〓なり、いかにも其風骨心つかひを學ふへきなり、
  • 1714,701,61,2115といふやうに、凡慮の及所にあらすとて、其末葉の風躰をめにかくへき
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