『大日本史料』 11編 20 天正13年9月 p.122

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

近習の若侍とも、如何にもして是を捕へんと立騒きけれ共せん方なし、道雪見たまひ、, 又遺骸ハ立花ニ葬リ、斯ニハ遺髮ナトヲ納メタルモシルヘカラス、猶墳墓部考へ合ス, 〔傳習館文庫柳河藩政資料〕, 一、戸次軍談に曰、或日高橋紹雲軍評定の儀につき、道雪の陣營に會し、評議事終りて勸, レトモ、地中ニ入テ讀事能ス、是モ遺言ノ地ナレハ、後ニ追福ノ爲建タルナトニハ非, 六十九、依遺言著鎧副太刀長刀, ルハ、イトロ惜キ事ナリカシ、敵地故立花へ送ル風情ヲナシ、實ハ此地ニ葬タルカ、, 誰か鷹の事に心得たる者はなきかと尋られしかは、早良善内といへる老士、やかて庖, 盃の興を催されける折節、何方ともなく白生の鷹翦來りて、庭前の松の梢に止りける、, ルカ、ハタ然サルカ、銘文ヲ見テ考フヘシ、記得集ニ、四月廿二日道雪於北野卒、年, 此書ハ享保中ニ成レリ、其頃迄ハ詣スル者多カリツト見エタレト、今ハ知人サへ稀ナ, 壯士ハ此廟ニ詣セヌハナシ、誠ニ道雪翁ノ武徳、軍神ニ祭テモ害ナカルヘシトアリ、, 厨所に走り行て、鳥の〓を一片持來り、庭上に下り立、肉を振て靜に呼けれは、すら, 葬立花山、今按、月日及行年甚誤也、, ヘシ、高良山北面阿志岐村ノ上ニモ石塔婆アリ、其地ヲ大蓚ト云、地覆ニ文字數多有, 高、作長刀、, 雜、作太刀、, 道雪二, 立花家事蹟雜纂二, 〓読隊事競雜纂二, 阿志岐村ノ, 上ノ石塔婆, 天正十三年九月十一日, 一二二

割注

  • 高、作長刀、
  • 雜、作太刀、
  • 道雪二
  • 立花家事蹟雜纂二
  • 〓読隊事競雜纂二

頭注

  • 阿志岐村ノ
  • 上ノ石塔婆

  • 天正十三年九月十一日

ノンブル

  • 一二二

注記 (24)

  • 463,714,78,2222近習の若侍とも、如何にもして是を捕へんと立騒きけれ共せん方なし、道雪見たまひ、
  • 1466,710,81,2194又遺骸ハ立花ニ葬リ、斯ニハ遺髮ナトヲ納メタルモシルヘカラス、猶墳墓部考へ合ス
  • 826,640,82,915〔傳習館文庫柳河藩政資料〕
  • 713,660,78,2259一、戸次軍談に曰、或日高橋紹雲軍評定の儀につき、道雪の陣營に會し、評議事終りて勸
  • 1214,720,75,2197レトモ、地中ニ入テ讀事能ス、是モ遺言ノ地ナレハ、後ニ追福ノ爲建タルナトニハ非
  • 960,717,65,801六十九、依遺言著鎧副太刀長刀
  • 1594,718,77,2154ルハ、イトロ惜キ事ナリカシ、敵地故立花へ送ル風情ヲナシ、實ハ此地ニ葬タルカ、
  • 338,720,80,2202誰か鷹の事に心得たる者はなきかと尋られしかは、早良善内といへる老士、やかて庖
  • 587,716,77,2217盃の興を催されける折節、何方ともなく白生の鷹翦來りて、庭前の松の梢に止りける、
  • 1089,723,76,2189ルカ、ハタ然サルカ、銘文ヲ見テ考フヘシ、記得集ニ、四月廿二日道雪於北野卒、年
  • 1714,701,84,2198此書ハ享保中ニ成レリ、其頃迄ハ詣スル者多カリツト見エタレト、今ハ知人サへ稀ナ
  • 1842,701,78,2167壯士ハ此廟ニ詣セヌハナシ、誠ニ道雪翁ノ武徳、軍神ニ祭テモ害ナカルヘシトアリ、
  • 212,722,77,2193厨所に走り行て、鳥の〓を一片持來り、庭上に下り立、肉を振て靜に呼けれは、すら
  • 970,1786,69,948葬立花山、今按、月日及行年甚誤也、
  • 1343,723,80,2190ヘシ、高良山北面阿志岐村ノ上ニモ石塔婆アリ、其地ヲ大蓚ト云、地覆ニ文字數多有
  • 1000,1526,44,233高、作長刀、
  • 954,1526,44,229雜、作太刀、
  • 829,1599,45,126道雪二
  • 874,1602,45,344立花家事蹟雜纂二
  • 829,1594,90,358〓読隊事競雜纂二
  • 1356,300,42,213阿志岐村ノ
  • 1311,302,43,222上ノ石塔婆
  • 1956,773,48,437天正十三年九月十一日
  • 1979,2419,47,113一二二

類似アイテム