『大日本史料』 11編 別巻1 p.12

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り、信仰のため一六三三年, け、航海に就くにつきては、たゞこれを提言するのみにて十分なりき、彼等は少年の好奇, る海に出でて數干マイルの航海をなすことなかりしならん、彼等は偏に教を愛し、教皇に, 雅に話すことの巧なる學者にして、彼等の教師たるべき者なりき、彼等がこの任務を引受, 心または他の世界を觀る希望によりて動かされたるにあらず、即ち公子等は日本に關して, 報告を日本に齎すためのみにては、彼等の生命を危險に曝して歩を進め、甚だ惧れられた, 〓して拜禮し、パードレ等が屡語りたる、西洋のキリスト教國の偉大にして光輝あること, ョルジ・ロヨラは彼等の甚だ困難なる文字を書くことに熟達し、また國語を正確に且つ優, を親しく見て、その國民に傳へんことを希望せしなり、されど彼等の母親達の中には寡婦, は最も高き觀念を懷く教育を受けたるが故に、單にわがヨーロッパのことに關して眞實の, に、怖るべき穴吊の呵責を受け、幸福なる, 死を遂げたることによりて竝びなき著名の人なり、二人の小姓もまた高貴なる血統の人に, にして、僅かに一子を有するのみなる者あり、最初はこの計畫が甚だ困難なれば、自然に, れ、孰れも肥前國の男爵なり、このうちドン・ジユリヤノは耶蘇會の修道士また司祭とな, して、前の四人と年配同じく、共に十五歳乃至十七歳なりき、中にも日本人イルマンのジ, ○寛永九年十一月二十一日ヨ, リ十年十二月一日二至ル、, 日本人いる, まん・じょ, 少年等ノ母, るじ・ろよ, ノ懸念, ら, 天正十年是歳, 一二

割注

  • ○寛永九年十一月二十一日ヨ
  • リ十年十二月一日二至ル、

頭注

  • 日本人いる
  • まん・じょ
  • 少年等ノ母
  • るじ・ろよ
  • ノ懸念

  • 天正十年是歳

ノンブル

  • 一二

注記 (25)

  • 1676,620,56,679り、信仰のため一六三三年
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  • 629,632,61,2291る海に出でて數干マイルの航海をなすことなかりしならん、彼等は偏に教を愛し、教皇に
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