『大日本史料』 11編 別巻2 p.351

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れを捧ぐべきなり、また彼等は二人の教皇の胸に抱かれ、接吻を受け、その子と呼ばれし, 彼等を伴なひたり、同地は少しく以前、迫害者關白殿より隱匿すべく、ノヴィシヤドを移し, ヨーロッパの使節として、この四人の少年が出發せしときより、その使命を果すまで、他, の教育を受けたる者なりき、恰も一五九一年七月二十五日, することとなるべし、彼等は以上の如く述べしなり、これを聽きて、總てのキリスト教會, は驚嘆し、また彼等の目的を妨げんとせし人々もまた驚愕せり、かくの如くして一切の反, ひしなり、その後八箇月を經て、マンシヨの弟ドン・ジュストも彼等に加はりたり、, 四人が宗服を纒ふに當りて、莊嚴なるミサの歌唱と説教行はれたり、これは我等にとりて, 例外の事なりしが、ヴァリニヤニが、時の事情とその人物の功績とを慮りて、賢明に取計, たるところなり、ドン・ジョアン・天草殿は大いに彼等を歡迎し、また四十六人のコンパニ, ヤの會員も親愛を以て迎へたり、その大半は少年にして、同所に於いて精神、竝びに學問, 對に克ちたるのち、ヴィジタドールのアレッサンドロ・ヴァリニヤニは、離島なる天草に, り、さればその生命はデウスの與へ給ひたるところなるを以て、偏にデウスへの奉仕に」, こと干度に及びたり、さればいかなる大君たりともこれに仕ふることは、大いに己を卑う, のことなり、彼等, ○天正十九年六, 月五日ニ當ル, に四人ヲ天, 草ニ伴ナフ, づありにや, 天正十年是歳, 三五一

割注

  • ○天正十九年六
  • 月五日ニ當ル

頭注

  • に四人ヲ天
  • 草ニ伴ナフ
  • づありにや

  • 天正十年是歳

ノンブル

  • 三五一

注記 (22)

  • 1677,616,61,2296れを捧ぐべきなり、また彼等は二人の教皇の胸に抱かれ、接吻を受け、その子と呼ばれし
  • 1086,616,62,2291彼等を伴なひたり、同地は少しく以前、迫害者關白殿より隱匿すべく、ノヴィシヤドを移し
  • 267,627,67,2289ヨーロッパの使節として、この四人の少年が出發せしときより、その使命を果すまで、他
  • 735,622,60,1490の教育を受けたる者なりき、恰も一五九一年七月二十五日
  • 1444,614,61,2302することとなるべし、彼等は以上の如く述べしなり、これを聽きて、總てのキリスト教會
  • 1327,620,61,2294は驚嘆し、また彼等の目的を妨げんとせし人々もまた驚愕せり、かくの如くして一切の反
  • 384,625,65,2143ひしなり、その後八箇月を經て、マンシヨの弟ドン・ジュストも彼等に加はりたり、
  • 618,616,64,2296四人が宗服を纒ふに當りて、莊嚴なるミサの歌唱と説教行はれたり、これは我等にとりて
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