『大日本史料』 12編 1 慶長八年二月~同九年二月 p.107

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西の外樣大名衆、望次第屋敷を被遣候となり, 外櫻田邊と、只今の大名小路と申邊に於て、東, 地形を築立、屋敷取りを仕り、表通りには先葭垣なとをいたし置、追々家作, を仕り、引移り申如く有之候へ共、初めの程は、町家願の者も、多は無之候所, 人共、願ひ出候へは、町屋を割被下候に付、勝手次第に右の上け土を引取り, に伊勢の國の者共、あまた來り、屋敷望仕る由、沙汰有之候が、其如く町屋出, 來候以後、表に掛り候のれんを見候得は、一町の内に、半分は伊勢屋と申書, 其上け土をは、堀はたに、山の如く積上け在之候を、諸國より參り集り候町, 問曰、關東御入國以後、町方の普請之義は、何れの所より、始て被仰付候と被, 川岸通りの、竪堀の掘られ候が初めにて、夫より段々と、竪堀、横堀共に出來, 辨慶堀の事, 聞及候や、答曰、右、長崎、小木曾抔、常に物語仕候は、只今の日本橋筋より、道一〓, 付相見へ候と也, 云事して、近き鄰も心遠くへたゝりぬ、, 其節大名ハ路邊の儀は, 〔落穗集追加〕ニ江戸町方普請の事, 事二係レリ、各其本條アリ, ○上略、諸大名ニ郎地ヲ賜フ, ○中, ○下, 略, 略, 町方ノ普, 請, 慶長八年三月三日, 一〇七

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  • 事二係レリ、各其本條アリ
  • ○上略、諸大名ニ郎地ヲ賜フ
  • ○中
  • ○下

頭注

  • 町方ノ普

  • 慶長八年三月三日

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  • 一〇七

注記 (26)

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