『大日本史料』 12編 1 慶長八年二月~同九年二月 p.284

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に仕へ、後、森作州侯の家臣となりしなり、森家の系圖に、森侍從忠廣朝臣の, 坂にて、淀殿とも惡名の沙汰ありと云々と見へたり、山三郎はしめ蒲生家, ふるき地侍にて、今川氏豐の城主たりし時より以前の人なり、あるひは、今, 川麾下の士なりしともいへり、山三はうの一族にて、鹽尻に、名古屋因幡守, 敦順か子山三郎、後、九右衞門といふ、母は織田刑部太輔の女、山三郎浪人の, 後、出雲の巫子くにといふ女を具し、京都三條にて女歌舞妓をなす、其後大, 母は、名古屋山三が妹なるよしに見へたり、其縁によりて奉公せしなるべ, 名古屋山三宅址、名古屋藏人高信の屋敷跡、三の, 殘れり、又那古野古圖に、名古屋山三屋敷とあるも同じ所なり、藏人高信は, 年四月朔日、豐前國馬カ嵩長野三郎右衞要害、秀吉セメラルヽ時、蒲生殿ノ, の内、西南の方の武士屋敷の内にありて、湟土居などのあと今に, し、山三、後に井戸某が爲に害せられしともいふ、, 被官トシテ、若年タレトモ、三三郎サキカケシテ城ニ乘内、, 丸, 名古屋山三郎、親ハ名古屋彌五郎といひしと也、天正五, 〔尾張名所圖會〕, 〔尾陽雜記〕, 〔尾張名所圖會〕前編名古屋山三宅址、名古屋藏人高信の屋敷跡、三の, 屋城, トコ口, ○名古, 同ジ、, 前編, 十, 九, 同, 名古屋山, 三ノ宅趾, 慶長八年四月是月, 二八四

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  • 屋城
  • トコ口
  • ○名古
  • 同ジ、
  • 前編

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  • 名古屋山
  • 三ノ宅趾

  • 慶長八年四月是月

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  • 二八四

注記 (30)

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