『大日本史料』 12編 1 慶長八年二月~同九年二月 p.978

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に拜〓し、仰によりてつかへたてまつる, 院と號す、葬地重晴におなし, 領を繼、一萬六千石を領し、八月十二日、從五位下左衞門佐に敍任す, る、九年二月二十八日、伏見にをいて卒す、年三十, 石をわかちあたへ、谷川の領地一萬石、及一晴か領知二萬石のうち四千, 保ことを得すして降をこひ、大野にのかれさりしかは、かの地悉平均す、, このとし封を襲、和歌山にをいて二一萬石を領し、叔父伊賀守元晴に、一萬, 石、元晴にわかつところ一萬石のうち二千石、すへて一萬六千石をもつ, て、叔父左近大夫貞晴とおなしく新宮城をせむ、主將堀内安房氏善、城を, 凱旋ののち、田邊の城主杉若主殿頭某とともに、おほせをうけたまはり, て、祖父か養老の料とす、六年和歌山を轉して、大和國葛下郡布施に遷さ, 一直實は一重か二男、天正六年尾張國に生る、慶長元年、はしめて東照宮, 九年、一晴か嗣となりて遺, 機伯正活逢春, 一十九日、嫌備中某邑主小堀正次卒ス、子政一嗣グ、, 寛政重修諸家譜〕, 小堀正房-正次新助, 慶長九年二月二十九日, ○紫野大徳, 寺中清泉寺, 桑山ノ條ハ、異事, 今の呈譜, 三十三, ○中, ナキ二ヨリ略ス、, ○藩, 略, 翰譜, 戌, 千一, 十一, 桑山一直, 慶長九年二月二十九日, 九七八, 千〓

割注

  • ○紫野大徳
  • 寺中清泉寺
  • 桑山ノ條ハ、異事
  • 今の呈譜
  • 三十三
  • ○中
  • ナキ二ヨリ略ス、
  • ○藩
  • 翰譜
  • 千一
  • 十一

頭注

  • 桑山一直

  • 慶長九年二月二十九日

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  • 九七八
  • 千〓

注記 (35)

  • 620,740,63,1204に拜〓し、仰によりてつかへたてまつる
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