『大日本史料』 12編 4 慶長十一年四月~同十二年七月 p.46

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され、其日の夕方、土井大炊頭殿へ被罷越、右八丈か島かへりの者の申たる, 候と語り候へは、志摩守殿、老眼に泪を浮め、其者には目録なとを與へて歸, り被召歸たる者有之由、花房志摩守殿被聞及、其者を呼寄せ、八丈島に於て、, ニ申度候へとも、急候間不克巨細候、恐惶謹言、, へ歸り、花房か方にて、米の食の白きを腹一はい喰て死度事也と、常に被仰, 御目、節々參上仕、御咄の御相手にも罷成候か、御前の儀にても御座候哉、八, 其通りなるかと被尋候へは、其者申候は、成程御息災に御入候、私儀は、被懸, 郎樣我等共へ被仰候は、手前儀も、あはれ此島を御免被成、今一度日本の地, 浮田八郎殿と申人と出合たる儀は無之哉、いまた無事に被居候と有は、彌, 趣を語り出されて、願くは白米貳拾俵ツヽ、浮田存命の内、合力仕度存候間、, 秀家の噂に付、或時江戸の町人に、八丈島よ, 寅年六月廿三日久福(花押), 落穗集〕〓, 寅年六月廿三日, 慶長十一年四月是月, 花房志摩守殿, 孫九郎(花押), 小平次(花押), ○慶長七年十二, 月二十八日ノ條, ヲ望ム, 秀家ノ窮, 秀家赦免, 状, 花房ノ合, 花房ノ盡, 力, 力, 四六

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  • ○慶長七年十二
  • 月二十八日ノ條

頭注

  • ヲ望ム
  • 秀家ノ窮
  • 秀家赦免
  • 花房ノ合
  • 花房ノ盡

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  • 四六

注記 (29)

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