『大日本史料』 12編 20 元和元年五月 p.347

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者ともに給はる、是より御亂氣也、, 又大坂の賞に、少將殿へ神君の賜はらを給ひし初花と云茶入の事は、三河, 方儀は自身の高名迄相遂候と有、御感の上意を被戌下候由也、, 某かもとに求候と申たり、初花と云ふ名物たるよし申スもの有しかは、か, に念誓といふ者、神君へ此茶入を獻りて、これを楊貴妃の油壺と申傳へて、, 大坂表え出陣有之諸大名京都へ上り集り被申候へは、二條の御城へ被爲, 之儀なれは、表通りゟは三番め計も後ロに着座被致候由、然る處に大御所, 樣出御被遊、何れもへ上意乃旨有之、各頭を下ケ居被申候後ロにて、忠昌延, 召、大御所樣御目見被仰下候節、着座の御書付を以、御目付中御列座を差圖, 結城中納言秀康卿の御嫡子也、大, 有之時に、松平伊豫守忠昌は、上總國姉ケ崎と申所ニて壹万石被下置候節, 坂御陣に首數三千七百討取給ふ、此時權現樣肩衝の御茶入を被進、忠直卿, 諸士を集め、件の御茶入を鐵槌を以て細に打碎き、匙にて御すくひ、軍功の, 〔紳書〕1初花茶入の事剛細川氏之話, 上り、松平伊豫守是に罷在候と高聲に被申上候へは、大御所樣御覽被遊、其, 〔寧固齋談叢〕ニ越前の忠直卿、, 伯公、, 法名, 賞與ノ茶, 初花茶入, 忠直家康, ノ由來, 入ヲ碎ク, 松平忠昌, 元和元年五月十日, 三四七

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  • 伯公、
  • 法名

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  • 賞與ノ茶
  • 初花茶入
  • 忠直家康
  • ノ由來
  • 入ヲ碎ク
  • 松平忠昌

  • 元和元年五月十日

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  • 三四七

注記 (26)

  • 753,610,58,1018者ともに給はる、是より御亂氣也、
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