『大日本史料』 12編 4 慶長十一年四月~同十二年七月 p.53

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れて、八丈島にいたりけるに、秀家九十餘, まらず、風もふせかねは、黒木の柱を削りて書付らる、, 其後芳烈公, ましきに、今の有樣にて、治まれる趣を知たりといはれしとかや、, 忍ひて西國に落下り、薩州に著れしに、其事聞えて、東照宮死罪一等を宥め, 秀家、備前には誰か有と問ふ、新太郎少將と答へ申すに、誰か事ならんと, われこそはにひ島もりよおきの海のあらき波風心してふけ, させ給ひ、八丈島にそ流されける、まことに苫ふく菴、竹あめる戸に、雨もた, りけり、亂世ならんには、國境の城に士を分ち置、岡山には士の家多かる, か、故郷の者とていとなつかしげに、さま〳〵の物語して、, されとも、士の家ひしと相并ひつゝきて候と答へければ、さては、世は治, の伊吹山にかゝり落られし、美濃の白樫村にしはしかくれて有しに、遂に, て、家老の姓名を聞て後、さては池田の家にて有けるよ、又所々に城多き, や、城の北に伊勢の宮を設け置たるがいかなるぞと問ふ、伊勢の宮は候、, もしほ燒うきめかる身は浦風のとふはかりにやわぶとこたへん, まてなつらへて居られし, 備前におはしましける比、兒島, の商船風にはなた, ○八十, 光政, 朝臣, 大寺村, 一説、西, ノ誤、, ノ漂著, 備前商船, 秀家ト舟, 人トノ物, ノ状況, 秀家幽居, 語, 慶長十一年四月是月, 五三

割注

  • ○八十
  • 光政
  • 朝臣
  • 大寺村
  • 一説、西
  • ノ誤、

頭注

  • ノ漂著
  • 備前商船
  • 秀家ト舟
  • 人トノ物
  • ノ状況
  • 秀家幽居

  • 慶長十一年四月是月

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  • 五三

注記 (33)

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