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二月、陸奧國葛西大崎にをいて、一揆蜂起せるのよし、蒲生氏郷の許より, 半兵衞重則、安松矢之助宗光等を附屬せられ、かつ善右衞門長重、權左衞, 門種正、彌右衞門某等に、上野國にをいて、各千石を宛行はる、このとき、近, て、かの地におもむく、十九年、九戸御陣にも、東照宮御進發あるにより、扈, 命をうけて出馬したまふ、このとき、康政、彼卿の御先手をうけたまはり, 告たてまつりしかは、頓て御發向あるへしとて、先越前中納言秀康卿、釣, りの檢使と、をなしくかしこにいたる、八月、上野國館林城を置まひ、邑樂, 勢田、及ひ下野國梁田三郡のうちにをいて十萬石を領す、ときに、村上彌, 右衞門某、原田權左衞門種正、竹田太郎右衞門廣茂、瀧見九郎兵衞某、鈴木, り、小田原におもむき、城をうけとる、太閤よりも、脇坂中務少輔安治、片桐, 等、をの〳〵その隊長となされ、京伏見にかはる〳〵勤番せしめらる、十, 習外樣の士を五組に分たれ、康政、井伊直政、本多忠勝、平岩親吉、石川康通, 小田原の役に供奉し、, 東市正且元を添らる、また氏政、氏輝等自殺のときも、仰をうけて、太閤よ, 七月六日、北條氏直降參するによ, 從して岩手澤にいたる、文祿元年、名護屋御陣には、江戸にとゝまりて、台, 慶長十一年五月十四日, ○中略、小田原役, ノ事ヲ載セタリ, 石ヲ賜ハ, 近習外樣, 館林十万, 陸奥葛西, 鎭壓, ノ隊長, 大崎一揆, 康政, 康政, 二才ケル, 朝鮮ノ役, ニオケル, 小田原役, 慶長十一年五月十四日, 八六
割注
- ○中略、小田原役
- ノ事ヲ載セタリ
頭注
- 石ヲ賜ハ
- 近習外樣
- 館林十万
- 陸奥葛西
- 鎭壓
- ノ隊長
- 大崎一揆
- 康政
- 二才ケル
- 朝鮮ノ役
- ニオケル
- 小田原役
柱
- 慶長十一年五月十四日
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- 八六
注記 (34)
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