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濡たるをしるしに討と呼はりしかは、士卒大に利を得て、敵あまたうち, ひ、十四年十月、大坂にいたらせたまふのとき供奉に列し、十六年三月、御, 上洛の時もしたかひたてまつり、四月後陽成院聚樂亭に行幸のとき、康, かは、康成小たかきところにはせのほり、敵は川を渡せし勢なり、脛巾の, 康重兵をすゝめてこれを追うち、得る所の首數十級に及へり、八月關東, 濃國上田城を攻、そのゝち豐臣太閤と和議ありて、御婚姻をむすひたま, 成も諸將とおなしく從五位下に敍す、十八年三月小田原の役に、松平周, 戸の砦を守る、このとき久能三郎左衞門宗能を添らる、十一月また駿河, とる、東照宮これを御覽ありて御感あり、七月おほせをうけて、伊豆國柾, りとて、御氣色よつらす、すてにして兩陣入みたれ、敵味方を辨せさりし, 國長窪の守衞を命せられしかき、屬臣稻垣平右衞門長茂をして守らし, 防守康重とゝもに先鋒に列す、鷹巣城陷りて、其士卒敗走せしかは、康成, 備へしかは、一手の將として、輕かるしきはたらきは好まさるところな, む、十二年十月、その城を康成にたまふ、十三年閏八月、諸將とおなしく信, 終に其首を得たり、このとき從者つゝくものなし、やかて彼首を實檢に, 駿河長窪, 伊豆柾戸, 小田原役, ノ先鋒, ノ守衞, 慶長十四年十二月十二日, 八三一
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- 駿河長窪
- 伊豆柾戸
- 小田原役
- ノ先鋒
- ノ守衞
柱
- 慶長十四年十二月十二日
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- 八三一
注記 (22)
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