『大日本史料』 12編 21 元和元年六月~同年閏六月 p.376

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は、咄の多者れり、りがまゝのみ振舞て一代小身にて果たり、, の字の指物にて味方を乘はり、高所に乘あかり見物してゐ侍しを、逃たる, ものゝ御僉儀の時、あるもの逃たりと申上る、さるにより御僉儀深して、諸, 新四郎果, 兵衞といひし是〓り、大坂陣乃時き、御使番勤侍りきる、七月乃味方崩に、五, 公御意には、たとひ旗本皆逃とも、武兵衞ハかりは逃ものにてなをものを, 人に武兵衞事御尋れされける、小高所に乘上ゐたりしを見たよものお〓, と仰有り、其後逃たるものゝ御僉儀もやみたるよし、有難事れり、此武兵衞, くかくれなけれは、武兵衞におゐてき逃さるよしいつれも申上ける、家康, たる氣逸物にて、家康公御意に入、異名清力と御よひなされける、後にき武, ○家康、旗奉行庄田安信ノ戰功ヲ賞スルコト、便宜左ニ合敍ス、, 味の役被仰付、早々罷出く、評判仕候得との事にて、難有仕合迚被出たり、, より子共召出され、御念比なされたる、名をは久米清吉といひ侍る、すくれ, 〔古文書〕, 〔勇士物語一言集〕四, 圧田三太夫安次拜領、同五六郎安福書上、, 東照宮御書, 閑居シテマタ出仕セザリシコト二係ル, ○上略、久米新四郎吉清、松平信康ノ死後, 庄田, 記録御用所本, 田, 久米武兵, 衞, 元和元年閏六月十七日, 三七六

割注

  • 閑居シテマタ出仕セザリシコト二係ル
  • ○上略、久米新四郎吉清、松平信康ノ死後
  • 庄田
  • 記録御用所本

頭注

  • 久米武兵

  • 元和元年閏六月十七日

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  • 三七六

注記 (26)

  • 495,659,57,1779は、咄の多者れり、りがまゝのみ振舞て一代小身にて果たり、
  • 1195,646,59,2205の字の指物にて味方を乘はり、高所に乘あかり見物してゐ侍しを、逃たる
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