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五郎左衞門康高か女、, 譽向白, ことをよく辨へたれ、その他匹夫の勇は、何の盆あらんやとの御諚あり, は上におなし、天正十三年濱松に生る、某年、台徳院殿より, 號す、館林の善導寺に葬る、このとき、東照宮より、近侍の臣をして弔はせ, たてまつりければ、軍法をきかせられんには、康政こそ、多勢を指揮する, 十年、台徳院殿御上洛のとき、從ひたてまつ, のとき、父とゝもにしたかひたてまつり、また宇都宮より、上田城に御發, けるとなり、五月十四日、彼地にをいて卒す、年五十九、上譽見向養林院と, 事を問せたまふにより、某等をめして、武道を談したまふのよしこたへ, たまひ、台徳院殿より、阿部備中守正次をもつて賻銀をたまふ、室は松平, 向のときも扈從す, 忠長母, 御諱字を賜はり、從五位下伊豫守に敍任し、慶長五年、上杉景勝を御征伐, 九年二月十五日、館林にをいて卒す、年二十、梅, 康勝母き花房氏、天正十八年、小田原の驛舍に生る、慶長三年、はしめて東, 照宮、台徳院殿に拜〓す、, 駿府におはしましけるとき、江戸より參る者あり、ときに台徳院殿の御, 〓徳院と號す、, 時に, 九歳, ○康高, 寛永系, 時に十, 六歳, つ女、, 圖光白, 賻銀ヲ賜, 葬地, ハル, 家康ノ信, 任, 康勝, 忠長, 慶長十一年五月十四日, 八九
割注
- 時に
- 九歳
- ○康高
- 寛永系
- 時に十
- 六歳
- つ女、
- 圖光白
頭注
- 賻銀ヲ賜
- 葬地
- ハル
- 家康ノ信
- 任
- 康勝
- 忠長
柱
- 慶長十一年五月十四日
ノンブル
- 八九
注記 (36)
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