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靜したり、其後最も御し易きものは、不平ながらも船にて送り還されたり、, 在留の日本人中に不穩の輩ありて、市の治安を妨げしを以て、之を市外に, 此騒動は、實にマニラ創立以來、遭遇せる最大危難の一なりき、何となれば〓, 放逐せんとして危害を加ふるや、日本人は之を拒み、遂に武器を取つて抗, ばんとせしが、百方之を綱縫し、遂に若干の僧侶の盡力により、日本人は鎭, 抵するに至りしかば、西班牙人も亦已を得ず、武器を手にし、將に開戰に及, 當時西班牙人の在留せるものは少數にして、日本人は其數千五百を超え、, 何れも慓悍氣を負ふの徒なりしかば、此際若し開戰に及びたらんには、西, 班牙人は必らず敗北したるならん、, 〔參考〕, 太守, りし間は、フィリッピンの高等法院代りて、群島を支配せり、當時マニラ市, マルコに在, デ、モルガ、フィリッピン群島誌〕, antonio de morga, the philiptine islands, &c., translated by henry e. j. staniey.pp. 351,352., (慶長十一年一月ヨリ四月ノ間)二「フイリ, デ、アクー二ヤ, ○ドン、ペドロ, 領「モルツカ」諸島ヲ征服スルコトニ係ル、, ツピン」太守「ドン、ペドロ、デ、アクーニヤ」ガ蘭, ○上略、千六百零六年二月ヨリ五月ノ間, 不穩, マニラ在, 裁, 留邦人ノ, 僧侶ノ仲, 慶長十一年是歳, 五四四
割注
- (慶長十一年一月ヨリ四月ノ間)二「フイリ
- デ、アクー二ヤ
- ○ドン、ペドロ
- 領「モルツカ」諸島ヲ征服スルコトニ係ル、
- ツピン」太守「ドン、ペドロ、デ、アクーニヤ」ガ蘭
- ○上略、千六百零六年二月ヨリ五月ノ間
頭注
- 不穩
- マニラ在
- 裁
- 留邦人ノ
- 僧侶ノ仲
柱
- 慶長十一年是歳
ノンブル
- 五四四
注記 (29)
- 1002,655,58,2232靜したり、其後最も御し易きものは、不平ながらも船にて送り還されたり、
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