『大日本史料』 12編 43 元和七年雑載 p.94

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得べし、又我等はこの遠征にその點を強く主張せんとの所存にして、余はイギリス人が, 之に寄與せば、事成就すべきを疑はず、その故は、灣を出航せし直後にマカオより來航せ, 沒せし事を聞知して後、この事に就き何人も確實なるところを知るを得ず、彼等は、ゴ, 等が同地に船隊を留め置きし事は現住民に大なる驚愕、不安、及び困惑を惹起せり、さ, れば、或は本年モルッカのカスティリア人が同地より出航する事を期待し得ざるを懼る, 年の銀の大半が隱匿せられし事、又我等のスヒップ船セント・ミヒール號が嵐の爲め沈, 型スヒップ船派遣せられたる由なり、, に遭ひ、他の一艘に就きては未だにその消息無き由なり、我等がマニラに在りし時、昨, アの副王を援助する爲め、使節を乘せたるスヒップ船一艘をマラッカに派遣せしが、我, 何處に入港せしかは、知る事を得ず、我等が長崎にて受領せしマニラよりの報告によれ, し五艘の船と共に、三艘のポルトガルのフレガッタ船入港せるを以てなり、他の二艘が, るものなり、風説によれば、ノヴァ・エスパニアに向け、救援の爲め、同樣に二艘の小, ば、船員の他に三百人の兵士を乘せたる三百ラストの大型の銀船が七月二十八日, にマニラに到著せしが、同船はノヴァ・エスパニアより僚船と組みて出航し、荒天, 當ル, 六月十, ○同年, 日二, せんとみひ, ーる號沈沒, ごあノ副王, 元和七年雜載, 九四

割注

  • 當ル
  • 六月十
  • ○同年
  • 日二

頭注

  • せんとみひ
  • ーる號沈沒
  • ごあノ副王

  • 元和七年雜載

ノンブル

  • 九四

注記 (23)

  • 1795,580,61,2129得べし、又我等はこの遠征にその點を強く主張せんとの所存にして、余はイギリス人が
  • 1684,579,60,2129之に寄與せば、事成就すべきを疑はず、その故は、灣を出航せし直後にマカオより來航せ
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  • 666,581,59,2136等が同地に船隊を留め置きし事は現住民に大なる驚愕、不安、及び困惑を惹起せり、さ
  • 554,590,58,2129れば、或は本年モルッカのカスティリア人が同地より出航する事を期待し得ざるを懼る
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