『大日本史料』 12編 4 慶長十一年四月~同十二年七月 p.676

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

たく記し侍る, 二月廿六日、はるゝほりのけんもつ、しほひき一お, をよく見しり給へるの奇特さよと、おくせす筆をとり、「梅若丸の塚柳すみ, 指を折、しはし案して云けるは、いかにや都人、此句の文字をのそふるに、發, 越後三條城主堀直政、鹽鮭ヲ獻ズ、, あらす發句にもあらす、扨又長歌にあらす、みしか歌にあらす、この頃都に, はやりし中歌なりといふ、坊主聞て、田舍者左樣の〓しらすして尋る〓、面, 目灰にまひれたりといふ、道閑聞て、知りて問は禮なりといへとも、左樣に, ませたまひぬと、硯短册紙を持出て、しきりに所望す、道閑いわく、都のもの, 田川原のなみたかな」と書て坊主に見する、此坊主歌よむやうはしらねと, も、發句と歌の文字の數をは覺えたり、此句をよみて、指を折又ほくしては, 句には七文字多し、歌には七文字たらす、不審なりと問、道閑答て、是は歌に, もまつたくそんせすと返答する、京田舍人の出逢めつらしき挨拶、聞捨か, 豐臣秀頼、能樂ヲ大坂城中ニ張ル、, りしん上申、ひろはし申〓き、, 〔御湯殿上日記〕, 慶長十二年二月二十六日, 六十, 三, 京田舍人, ノ出逢, 慶長十二年二月二十六日, 六七六

割注

  • 六十

頭注

  • 京田舍人
  • ノ出逢

  • 慶長十二年二月二十六日

ノンブル

  • 六七六

注記 (23)

  • 645,649,55,413たく記し侍る
  • 418,1364,63,1489二月廿六日、はるゝほりのけんもつ、しほひき一お
  • 1700,639,61,2214をよく見しり給へるの奇特さよと、おくせす筆をとり、「梅若丸の塚柳すみ
  • 1350,638,64,2220指を折、しはし案して云けるは、いかにや都人、此句の文字をのそふるに、發
  • 516,552,79,1074越後三條城主堀直政、鹽鮭ヲ獻ズ、
  • 1116,641,64,2219あらす發句にもあらす、扨又長歌にあらす、みしか歌にあらす、この頃都に
  • 1001,644,62,2213はやりし中歌なりといふ、坊主聞て、田舍者左樣の〓しらすして尋る〓、面
  • 882,638,63,2217目灰にまひれたりといふ、道閑聞て、知りて問は禮なりといへとも、左樣に
  • 1817,641,59,2205ませたまひぬと、硯短册紙を持出て、しきりに所望す、道閑いわく、都のもの
  • 1582,640,62,2217田川原のなみたかな」と書て坊主に見する、此坊主歌よむやうはしらねと
  • 1466,646,61,2205も、發句と歌の文字の數をは覺えたり、此句をよみて、指を折又ほくしては
  • 1235,642,61,2217句には七文字多し、歌には七文字たらす、不審なりと問、道閑答て、是は歌に
  • 763,639,66,2217もまつたくそんせすと返答する、京田舍人の出逢めつらしき挨拶、聞捨か
  • 165,552,80,1074豐臣秀頼、能樂ヲ大坂城中ニ張ル、
  • 298,642,55,863りしん上申、ひろはし申〓き、
  • 387,599,105,497〔御湯殿上日記〕
  • 1929,711,45,468慶長十二年二月二十六日
  • 443,1157,42,105六十
  • 402,1154,38,33
  • 791,277,39,166京田舍人
  • 748,282,39,120ノ出逢
  • 1929,711,45,468慶長十二年二月二十六日
  • 1934,2442,43,122六七六

類似アイテム